南インド料理専門店「エリックサウス」の総料理長として知られる稲田俊輔さん。レシピ本からエッセイ、小説まで手がける料理人兼文筆家で、「自称ナチュラルボーン食いしん坊」という異名を持ちます。クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」で、稲田さんが自身の原点を語ってくれました。
京大卒・元サラリーマンが「流れに乗るように」辿り着いたエリックサウス
京都大学経済学部に現役合格。数学だけが好きで、「正解がはっきりある」からパズルのように没頭できたといいます。大学時代はバンドに打ち込み、イングリッシュパブをホームにしながら日本料理やイタリアンの店でも働きました。
卒業後は大手飲料メーカーに就職しましたが、目的は酒を売ることではありませんでした。飲食店を企画・立ち上げ・運営する部署への異動を最初からお願いしていたのです。しかし、いざその道が開けようとしたとき、自分の気持ちに気づいたと言います。
「自分は別に企画屋がやりたいわけでも、管理がしたいわけでもなくて。自分の手で料理を作って、それをお客さんのところに運んで、嬉しそうに食べてるところを見る、みたいな。自分がやりたいのはそれであって、なんかデスクの上でやる仕事じゃないなと思って、だったらもう、料理人になるのが一番手っ取り早いじゃん、ということで」
27歳で脱サラ。その後、1歳年上の友人の居酒屋を「ちょっと手伝うつもり」で入ったら居着いてしまい、気づいたら料理人になっていました。和食屋のはずがタイ料理もイタリアンも出すカオスな店でしたが、そこが稲田さんの出発点となります。
その後、川崎にあった「エリックカレー」を引き継いでほしいという話が舞い込みます。シェフが去り残されたのは看板だけ。「好き勝手やっていい」という条件で、実質ゼロからの立ち上げでした。
「看板を替えるのも面倒だし、お金もかかるし。なかなかいい名前じゃん、みたいな感じで、最初はそのままエリックカレーになりました」 「エリック」の由来については、前のシェフにカレーの作り方を教えた外国人の名前ではないかという噂があります。パキスタン人説とネパール人説の2つがあり、どちらかはっきりしません。
「じゃあ今度は南インドに特化したお店にしようぜっていうことで、強引にサウスってくっつけたっていう。だから、僕もエリックサウスのエリックの由来は知りません(笑)」
おそうざい十二カ月での「一汁三菜」という提案
4月に出版した最新刊『稲田俊輔のおそうざい十二カ月 旬を味わう一汁三菜』(暮しの手帖社)の帯には「今、なぜ一汁三菜なのか」という言葉があります。1品作るだけでも大変な時代に、なぜ3品なのでしょうか。
稲田さんが提唱するのは「ミニマル料理」という概念です。最小限の食材と最小限の手間で最高の美味しさを目指す料理を、一汁三菜の形に当てはめていく。それが稲田さんの答えです。
「1品というのは、あなたがイメージしているそのオールインワンのメインディッシュではなくて、あくまでミニマル料理。ミニマル料理を作るのは、立派なオールインワン料理を作るよりも、かえって実は楽なんですよ」
高度経済成長期以降の家庭料理は、栄養も見た目もひとつの皿で完結させる「オールインワン化」が進んできたといいます。それに疲れた今、昭和以前のシンプルな食卓に戻ることが、実は一番楽な道だというのです。素材がシンプルになると、誰でも食材にピントを合わせやすくなる。それが稲田さんの考える家庭料理の本来の姿なのです。

