「顔中ニキビ300個」「水すら飲めない」——副作用と闘った日々と、支えてくれた存在
編集部
化学療法・放射線治療の副作用はどのようなものでしたか?
みくみさん
1番つらかったことは、食べられなかったことです。私はアカウント名に「食べるの大好き」とつけているくらいなのですが、放射線治療が始まると喉が焼けたような状態になるので、何も口にできなくなり、途中から、腹部から胃に直接栄養を届けるチューブを挿入する処置(胃ろう)を行い、経管栄養で体力を維持しました。水を飲もうとしても、反射でおえっとなる感じがずっと続きました。歯磨きの際も口に何か入るだけでつらく、夜中に嗚咽で起きてしまう毎日でした。通院の電車でサラリーマンを見ながら「この人は夜ごはん何食べるんだろう」なんて思ったりもしていました。
編集部
どのようにして、そのような状況を乗り越えられましたか?
みくみさん
一緒に住んでいたパートナー(現在の夫)に毎日夜ご飯を作り、食べられなくても嗅覚で味わえることを楽しみにしたり、治療が終わったら食べたいものリストを作ったりして乗り越えました。治療終了後1ヶ月と待たずに、早く食べたい気持ちで食事を始めましたが、舌の痛みや味覚障害があり、サーモンがゴムのように感じたり、ゼリーが砂利のように感じました。数ヶ月かけて徐々に回復していきました。
編集部
そのほかの変化についても教えていただけますか?
みくみさん
分子標的薬(病気の原因となっている特定の遺伝子やタンパク質などの分子だけをピンポイントで狙い撃ちする薬)の副作用で、顔中にニキビが約300個くらいできました。乾燥の症状も出るため、指先には赤切れもでき、段ボールも開けられないほどでした。放射線を当てた肌が火傷のように爛れて、血や体液が出て、横になっているのもつらい状態になったこともありました。色素沈着は治療から1年半以上経った今も残っています。乾燥に対しては、毎日朝も夜も全身に化粧水とアロエクリームをべったり塗って対策していましたが、顔のニキビについては軽減する方法もなく、ただただ治療が終わることを待つしかありませんでした。その他、放射線の影響で、声がほとんど出なくなりました。日常会話が困難になり、地味にストレスが溜まっていたように思います。
編集部
つらい時期を支えてくれたものは何でしたか?同じ病気や治療中の方へメッセージをお願いします。
みくみさん
母がずっと明るく通院に付き添ってくれたこと、そして当時のパートナー(現在の夫)が治療中に一緒に住み始めてそばにいてくれたことが、本当に支えになりました。1人だったら絶対に乗り越えられなかったと思います。また、同じ経験をしている方に伝えたいことは、1人で抱え込まないでほしいということです。お医者さん、看護師さん、家族、友人や周りの人に頼ることを躊躇しないでください。そして、口の中に「治らない違和感がある」と感じたら、早めに口腔外科や耳鼻咽喉科に相談してほしいと思います。自分で「これはがんかもしれない」と気づいて動いたことが、早期発見につながり、その後も「おかしい」と思ったらすぐ先生に相談したことで、進行の早いがんを食い止めることができました。自分の体の声を聞いてほしいと伝えたいです。
編集後記
舌がんは、最初から強い痛みや大きなしこりとして現れるとは限りません。みくみさんの体験は、「いつもの口内炎」と見過ごしそうな違和感に目を向け、専門診療につながる大切さを教えてくれます。ステージ1で見つかったにもかかわらず、リンパ節転移や再発、食べられないほどの副作用を経験した現実は、がん治療の厳しさも物語っています。口の中の症状が2週間以上続く場合は、我慢せず口腔外科や耳鼻咽喉科に相談してください。早めの一歩が、自分の未来を守ることにつながります。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

