「自分でできることは自分でやる」その言葉を当たり前として育ち、助けを求めることに葛藤してきた奥田桂子さん。脳性麻痺(発達途中の脳に生じた異常や損傷により、運動や姿勢の調整が難しくなる状態)と未熟児網膜症(早産児などに生じやすい目の病気)があり、電動車いすと短下肢装具を使って生活しています。18歳で始めた一人暮らしは12年目。普通学級と支援学校、2度の手術、周囲の無理解を経験した奥田さんがたどり着いたのは、「頼ることは甘えではない」という自立のかたちでした。葛藤を支えた言葉や、仕事・暮らし・SNS発信に込める思いを伺いました。
奥田桂子さん(30歳・SNS発信者/社会福祉士・精神保健福祉士)
脳性麻痺と未熟児網膜症を抱える。小学生の途中からは地域の特別支援学級に在籍し、小学5年生の途中から小学6年生の前半までは支援学校に通学した。保育園時代と小学5年生時の計2回、下肢の筋緊張をやわらげる手術を受けている。18歳で一人暮らしを始め、現在12年目(30歳)。ヘルパーを利用しながら在宅でほぼフルタイムの仕事をし、Instagram(@keiiiiiiko_6)で当事者や家族、リハビリテーション専門職に向けて発信を行っている。
「自分でできることは自分で」に縛られた学校生活と、2度の手術
編集部
普通学級に通っていた頃、周囲との違いを感じたり、大変だと感じる場面はありましたか。
奥田さん
普通学級では、障害のある子と関わった経験がない先生が担任になることも多く、理解してもらうことが難しいと感じる場面がありました。小学2年生の頃、体育の授業後に短下肢装具を脱いだままにしていたところ、先生から「自分で履きなさい」と言われました。装具を履く練習はまだしていなかったのですが、友人に手伝ってもらおうとすると「自分で履きなさい」と言われ、履けるまで居残りになったこともあります。
編集部
他にも大変だと感じるような場面はありましたか?
奥田さん
お手洗いなどを手伝ってくれる介助員の先生が常にそばにいることも、安全面では助かる一方、友人関係を築きづらいと感じていました。中学生になった頃、ずっとそばにいるのは嫌です、と自分から伝えたこともあります。
編集部
保育園時代と小学5年生の時に、下肢の手術を受けられたとのことですが、どのような手術でしたか?支援学校への転校と重なったことでの変化を教えてください。
奥田さん
脳性麻痺の症状の一つに、筋肉が硬くなる筋緊張があります。私の場合は足の筋緊張が強く、装具をつけても足首が固まって動かしづらい状態でした。保育園の時と小学5年生の時に、足の筋肉や腱を切って緊張をやわらげる手術を受けています。私の場合は歩けるようになることが目的ではなく、杖やつかまり立ち、着替えをしやすくすることが目的でした。手術後のリハビリテーションでは普段と違う痛みがあり、保育園の頃は家族と離れて寂しくて泣いていた記憶があります。
編集部
支援学校への転校と重なったとお聞きしましたが、気持ちや考え方に変化はありましたか。
奥田さん
小学5年生の手術後は支援学校に転校し、同じような境遇の子どもたちに出会えたことが自信になりました。介助員の先生もいなくなり、気持ちの面で自由になって自己肯定感が上がったように思います。
編集部
普通学級と支援学校、両方を経験したことで、ご自身の中で変化はありましたか。
奥田さん
普通学級と支援学校の両方を経験して、いろいろな境遇、病気や障害を抱えている子どもと関わりました。思春期に入ると友人関係が複雑になることもあり、うまく関係を築けなかったこともあります。それでも両方を経験したことで、多様な人との関わり方を、実際に揉まれながら学ぶことができました。それは今、社会に出てから大きく生きていると感じています。
「重度でも軽度でもない」私の葛藤と、心の支えになった言葉
編集部
ご自身の障害について「重度でも軽度でもない」と感じることがあるそうですが、どのような葛藤がありましたか。
奥田さん
私は移動のために電動車いすや短下肢装具を使っていますが、お手洗いや食事は自力でできますし、外出も問題なくできるため、「動けるのになぜヘルパーが必要なの?」と言われることがあります。正直、こうした言葉を今も完全に乗り越えられてはおらず、言われるたびにモヤモヤすることはあります。しかし、SNSでの発信を通じて「生活の参考になります」と声をかけてもらえることもあります。そのようなつながりができたことや、長く関わってくれる友人がさりげなく手伝ってくれることに、日々支えられています。
編集部
発声に関する症状と、周囲の受け止め方について教えてください。
奥田さん
1年ほど前から、脳性麻痺による筋緊張が喉にも及んでいるためか、詰まったような発声になる状態が続いています。原因ははっきり分かっていません。長く話すと水を飲んで喉の力を抜かないと苦しくなることもあり、日によって声の出方が違います。それでも「あ、そうなんだ。もし、喋れなかったら筆談にしよう。」というくらいの感覚で、重く捉えずに受け止めてくれる友人が多く、ありがたいと感じています。「筆談!なんだか秘密のおしゃべりみたいだね。」と冗談っぽく言ったところ、友人が「秘密のおしゃべりいいね」と返してくれたこともあり、とても嬉しかったです。
編集部
未熟児網膜症についてはどのような症状があるのですか?
奥田さん
未熟児網膜症による視力の左右差や、視空間認知(目で見た物の奥行きや距離感を把握する力)の困難さがあり、段差の高さが分かりにくく転んでしまうことがあります。
編集部
「その見え方じゃなかったらもっとできることがあったのでは」と言われたことがあるそうですね。
奥田さん
ある時、すごく良い意味で「その見え方じゃなかったらもっとポテンシャルを発揮できたよね」と前向きなことを言われたことがありました。ショックに感じる人もいると思いますが、私はそう思わず、むしろ障害と自分自身は別のものだと考えていいのだと気づかせてもらえました。そこから、見え方は変えられなくても、仕事をやりやすくする工夫をしていこうという前向きな考え方に変わりました。
編集部
社会福祉士、精神保健福祉士の資格を取得し、支援する側を目指した背景を教えてください。
奥田さん
小さい頃から、人の役に立ちたいという思いがありました。介護のように体を使って支援することは難しいと感じていましたが、人の話を聞き、相手の気持ちを想像することは自分の強みだと考え、それを活かせる仕事に就きたいと考えるようになりました。入院することも多かったため、当初は医療ソーシャルワーカーとして病院で働くことも考えましたが、通勤や業務に運転が必要になるなど難しい面もありました。双子の姉に障害があることや、家族に病気を経験した人がいたことも、無意識のうちに人を支える方向への後押しになったのかもしれません。

