高いところを怖がったり、迫ってくるものをよけたり……赤ちゃんが見せる仕草には、生まれつき備わった「自分を守る力」が隠されています。
でも、なぜ生まれたばかりなのに危険がわかるのでしょうか? そして、なぜ大きさと距離を勘違いしてしまうのでしょうか?
そこには、脳の「空間」と「形」を捉えるルートの違いや、子どもの発達にまつわる大切なサインが隠されていました。
さまざまな実験で明らかになってきた赤ちゃんの視覚の世界を探ってみましょう。
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東京タワーのあのスリル、赤ちゃんも味わえる?
高いところから落ちそうで落ちないスリル満点なエンターテインメントは、遊園地の目玉のひとつです。東京タワーにある「スカイウォークウィンドウ」では、ガラスの床から145メートル下の景色を見下ろす恐怖の体験ができます。同じような設備は、世界各地の高層ビルにあります。赤ちゃんもこうしたスリルを味わうことができるのでしょうか?

想像を絶する高さとそこから落ちてしまうことへの恐怖は、この地球上に生きているからこそ実感できることです。地球上で活動する生物はみな、安全に生きるために空間がなんたるかを把握しているのです。そして生まれてすぐに歩きだす動物も、生まれながらに地球環境にある空間を把握しているといえます。
生まれたばかりのヒツジは高いところに放置されても、そこから転がり落ちることはありません。生まれたばかりで経験がなくても、そこが高くて危ないということが見えているのです。
高い台の上に置いた実験用のヒツジの様子をヒントに、赤ちゃんの能力を調べる実験装置「視覚的断崖」が作られました。硬質ガラスをはめた見せかけの断崖で、1960年に作られたものですが、まるでスカイウォークウィンドウそのものです。
視覚的断崖の実験では、生後間もないヤギやネズミを断崖の手前に立たせ、そのまま進むかを調べました。結果、生まれてからの経験がまったくなくても、断崖を渡ろうとしなかったのです。ヤギやネズミの赤ちゃんが、私たちのようにスリルを味わうかは不明ですが、大人がスカイウォークウィンドウのガラスの床を渡るのをためらうように断崖は渡らないこと、それは生まれつきだったのです。
ハイハイの赤ちゃんも、崖の手前で止まる
このように環境が人をはじめとした動物に与える価値として「アフォーダンス」の概念を示し、デザインや建築業界に多大な影響を与えたのは、心理学者のジェームズ・J・ギブソンです。その配偶者のエレノア・ギブソンは、視覚的断崖を使い、環境世界にあわせて学習する赤ちゃんの姿を明らかにしました。
視覚的断崖を使った実験の様子
人は生まれてすぐには歩けないため、ハイハイで前進できる生後6か月児を対象に、視覚的断崖の実験が行われました。その結果、人の赤ちゃんも断崖を渡ろうとはしませんでした。しかしこれでは、人の空間を見る能力が生まれつきかまではわかりません。
そこでギブソンの弟子のバウワーやヨナスらは、1980年に、新生児を対象にした画期的な実験を考えました。少々乱暴な設定ですが、目の前にボールを投げつけられたら、誰でもとっさによけます。ベビーベッドで寝ている赤ちゃんでも、そんな反応ができるかを調べたのです。
もちろん、生まれたばかりの子どもにボールを投げつけたりはしていません。赤ちゃんの目の前に、迫り来るボールの影を見せる仕組みを作ったのです。向かってくる風圧などの手がかりをなくし、影という視覚だけから近づくことを感じられるかを、迫り来るボールの影に対する反応から調べたのです。結果、頭をそらして避けようとする反応や、目をつぶって防御するような反応が、新生児でも観察されました。高いところから落ちることとボールにぶつかることでは状況が異なりますが、人も動物と同じように、空間に生きる上での危険から身を守る性質を生まれつき備えていたのです。

