ボーッと生きてんじゃねえよ
「いまどき『出会いがないから恋人ができない』とか、言えない時代だよね」
かれこれ、5年ほど前の話だ。
会員制レストランの個室で行われた女子会は、マッチングアプリの話で盛り上がっていた。
「Aちゃんも、夫さんとマチアプで出会ったんだよね?」
「うん、50人以上会ったよー」
「すごっ! 誰が誰だかわからなくならない?」
「そこは、スプシで管理した!」
「さすがAちゃん、しごでき!」
そんな会話が続いている。私はひとり、「そうか、マッチングアプリのこと、若い人たちはマチアプって言うんだ」なんて、ぼーっと考えていた。
その日のメンバーは私よりも10歳以上若い女性経営者5人だった。
みんな30代前半くらい。私45歳。
どういう流れで集まることになったのかは忘れたけれど、1人をのぞいて全員初対面。メディアで取り上げられている人も多く、みなパワフルで美しい。
明らかに私ひとり、浮いている。会話にもうまく入っていけないので、もくもくと料理を頬張りながら、話に耳を傾けていた。
そのうちの1人が、アプリでこれだけ出会える時代に「出会いがない」なんて嘆くのは努力不足だと持論を展開したのが、冒頭の発言だった。
たしかに、私の周りでも同世代の人たちがどんどんアプリで結婚(再婚)しているなあ、などとぼんやり思っていたら、急に話しかけられた。
「さとゆみさんはマチアプ、何、やってるんですか?」
当時の私は、シングルマザーになって1年たった頃。
半年前に友人にすすめられてアプリをインストールし、写真も選んでもらって登録したはいいものの、何回マッチしても誰かと会うまでには至らなかった。
みんなが「えええ、どうして?」と聞いてくる。
どうしてだろう。私、あの、メッセのやりとりが非常に苦手なのだ。自己紹介とか、どこ住み? とか、趣味は? とか、ネコは好きですか? とか。
「ライターなのに?」
と言われた。むしろ、ライターだからかもしれない。
「このメッセージにどれだけ返信したとしても、1円にもならないんだよなー。だったら原稿書いたほうがいいなあって思っちゃう」
と答えたら、みんなに爆笑された。
「でも……」と、一番年下の女性が私のほうに顔を向け、キリっと言い放った。
「さとゆみさん、ライターだし、エッセイも書くんですよね? いまどき4人に1人はマチアプで結婚するんですよ。その実態を知らなくていいんですか?」
ぐ。
ぐぐぐぐぐ。
ぐうの音も出ねえ。
チコちゃんに「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と言われたみたいだ。
たしかにそうかもしれねえ。オレはボーっと生きていたのかもしれない。
次にまたいつ結婚しちゃうかわからないし(しねえよ)、だとしたら、独身の今がチャンスか? チャンスなのか?
この日、さとゆみ45歳(当時)は、決めた。
「マチアプで異性と出会ってみせようぞ!」
なんか、たのしい
過去に登録したアプリは放置しすぎてパスワードもわからなくなっていた。なので、みんながおすすめしてくれた「マッチしたらすぐにデートの日にちとレストランが決まる」アプリに転向。
これがよかった。
「会う?」「会わない?」の面倒な探り合いが全然なくて、食事できる場所と日程の調整だけでいい。
これなら私でも、いけるかも!!
記念すべき1人目は、14歳年下の会社員と会うことにした。
「なんでこの人は、14歳も年上の女とマッチしたのだろう」と興味を持ったからだ。パパ活の逆バージョン的なことかと思ったけれど、「男性側がおごる」のボタンが押されている。
店を決めたあと「当日なにかあった時のためにLINEを教えて」と言われ、IDを教えた。
素性がバレるのが嫌だったので、LINEの名前を「さとゆみ」から「ゆみ」に変えた。そして、子どもとの手つなぎ写真だったアイコンを、お花のアイコンに変えた。
LINEで連絡をとっている友人はほとんどいないのだけれど、その中の一人から「ゆみ、アイコン変えた? 何かあった?」と連絡があった。
それではじめてわかった。
急にLINEのアイコンが変わる人って、こういう事情なんだな……。
<閑話休題>
当日店に現れた青年は、礼儀正しいハンサムさんで、とても感じがよかった。どうして45歳とマッチしたりするの? と聞いたら「10代の頃からずっと年上好きで」と言う。なるほど、おぬし、筋金入りか。
なにかと老化を感じるお年頃。年上が好きなどと言われると、だいぶ自己肯定感が上がるなと思う。この好青年をいっぱいコピーして野に放ったらいくつかの社会課題が解決するのではないか。
途中、「ゆみさんて、どんな字を書くの?」と聞かれた。
うっかりガードが下がっていた私は、「友美」だよ。佐藤友美。読み方は珍しいけれど、よくある名前だよねなんて、話をしてトイレに立った。
個室に入って、思う。
ふつうに、たのしい。
なるほど、みんなこんなふうに出会っているのか。洗面台で手を洗うと、鏡の中の顔が赤い。ちょっとほてってきた顔を冷えた手で包む。
なんか、たのしい。
取材というか、時代の空気感を知るために来たつもりだけれど、ほんのり気分が浮ついてきた。
その日は子どもが元夫の家に行っていた。これ、終電まで飲めちゃうなあなどと考えながら席に戻ったら。
あれ……? さっきと空気が変わった……?
それまで親しげに話していた彼が、ちょっと居ずまいをただしている。「ゆみさんて、有名人じゃん!」と言って、ケータイを差し出してきた。私が席を外した隙に検索していたらしい。ケータイ画面には私のウィキペディアが開かれていた。
身・バ・レ・し・たーーーー!!!

