「太るのが怖くて、食べられない」——。中学1年生で神経性やせ症(摂食症[摂食障害])と診断されたモエだもんさん(仮称)は、行動制限療法と食事療法に取り組みながら2度の入院を経験しました。高校・大学時代に一度は回復に向かったものの、コロナ禍を機に再発。現在も低体重に対する治療を続けています。食べることへの恐怖、泣きながら食事をした入院生活、そして「同じ悩みを抱える人の力になりたい」という思いまで、これまでの歩みを語ってもらいました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年2月取材。
体験者プロフィール:
モエだもん(仮称)
1999年生まれ。2013年に神経性食欲不振症(現・神経性やせ症)と診断される。中学生時代に2度の入院。その後回復し食にとらわれない生活を送っていたがコロナ禍で再発。再発を機に多くの心療内科を経て、現在病院への通院と自らの食事管理で克服治療中。
自身の経験からこれ以上苦しむ人が増えないように、SNSを通じてありのままの姿を発信している。
「食べること」が怖くなっていった中学生時代
編集部
最初に不調や違和感に気づいたのはいつですか?
モエだもんさん
初めに病院にかかったのは13歳で、中学1年生のときでした。小学校高学年の頃から健康診断の結果やダイエットが話題になることが増え、初めは興味本位でおやつを控えたり、給食を少なめにしたりするという感じで、徐々に食事量が減りました。中学生になるとさらに顕著になり、学校の給食は半分も食べられなくなりました。家でも夜に炭水化物を抜いたり、朝ごはんを野菜だけにしたりと、次第に厳しく制限する日々が続きました。その後、頭痛や疲労感を訴えたところ、病院へ行くことになりました。
編集部
受診から、診断に至るまでの経緯を教えてください。
モエだもんさん
心療内科を受診したその日に体重測定と血液検査、心電図、心エコー検査などを受けました。医師からの問診もあり、栄養不良、低体重、食欲不振、食への恐怖というところからすぐに「神経性やせ症(摂食症[摂食障害])」と診断されました。
編集部
告知はどのような形でしたか?
モエだもんさん
受診した日に緊急入院になったこともあり、まずは私ではなく親に説明されていました。私自身が説明を受けたのはその日の夜です。そのような病気があることを知らなかったため「自分は病気なんだ……」と思う気持ちと、どこか他人事のような気持ちの両方がありました。「このままだと心臓が弱りすぎて命を落とすこともある」とも言われていたので、心臓が弱るという実感は湧かないながらも「死んでしまうかもしれない」という恐怖を感じ、涙したのを覚えています。それでも、出された夕飯はほぼ食べられず「どうして食べられないんだろう」と悔しい気持ちにもなりました。
編集部
どんな病気なのでしょうか?
モエだもんさん
神経性やせ症は、太ることへの強い恐怖や体型への過度なこだわりから、必要な食事をとれなくなり、体重が著しく減ってしまう心の病気だと聞いています。実際には痩せていても「まだ太っている」と感じてしまい、食事制限をやめられなくなり、その結果、体力の低下や月経停止、集中力の低下など体への深刻な影響が出ることもあるそうです。
編集部
どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか?
モエだもんさん
行動制限療法と食事療法が必要と言われました。行動制限療法は、「短い期間ごとに目標体重が細かく設定されていて、クリアすると行動の幅が広がる」というものです。私の場合は0.5kg刻みで目標体重が定められていました。
行動制限療法と食事療法、泣きながら食事をした入院生活
編集部
入院中の心境について教えてください。
モエだもんさん
行動に制限がかかるのは精神的にもすごくしんどかったです。せっかく中学生になったのに、学校にも行けず、病室で食事と向き合うだけの日々に「私は何をしているんだろう」と感じたり、友達はみんな学校で勉強や部活をしている中、自分だけ取り残されていると感じたりしていました。学校の勉強は、友人が週に1回、自宅にノートのコピーや教材を届けてくれていたので、それを使って遅れが出ないように自己学習していました。
編集部
つらかったと思います。
モエだもんさん
行動制限中では自分が思うように行動できないもどかしさや苛立ちから、親や先生とぶつかってしまうことも多くありました。今振り返ると自分の気持ちを整理するのがすごく大変な期間だったと思います。食事療法はそれ以上に大変で、自分は食べたくなくても完食をしないと食事を下げてもらえないので泣きながら食べる日もあり、心身ともにつらいことは多くありました。
編集部
治療経過はいかがでしたか?
モエだもんさん
初めは面会やお風呂はNGだったり読書や勉強にも制限があったりしましたが、体重が増えていくと院内歩行が可能になったり、外出・外泊の許可も出るようになったりしました。体重の増加に合わせて食事も増えていきました。最初は1500kcalくらいからスタートし、最終的には2200〜2400kcalを摂れるようになりました。食事以外に栄養剤もあり、多いときで1日3本飲んでいました。約3カ月で退院できたものの、その後すぐに低体重になってしまい2度目の入院となりました。2度目も同じく行動制限療法と食事療法を受け、そのときも約3カ月で退院となりました。
編集部
受診から現在に至るまで、印象的なエピソードがあれば教えてください。
モエだもんさん
高校生、大学生のころは体重もだいぶ標準に近づき充実した日々を送っていましたが、コロナ禍を機に再発してしまい、現在も低体重に対する治療中です。本当だったら幸せを感じるはずの食事なのに、なんで私は食べることがこんなにも大変で怖くて仕方がないんだろうと常に思います。それでも友人と外食をしたときや好きなものを食べられたとき、「おいしい」と感じて満足できたときは、やはり嬉しいし食べられる喜びも感じるので、これからもっと食を楽しんでいきたいと感じています。
編集部
病気の前後で変化したことを教えてください。
モエだもんさん
食事に対する意識は人一倍強いと思います。強すぎるがゆえに食べることが怖くなることもあるのですが、その反面で食べられたときの嬉しさやおいしいものに出会えたときの感動は大きいと思います。マインド面も、病気のときはやはりうつむきがちで、自分の世界や視野だけにとらわれてしまいがちですが、体重が戻るにつれてその思考も広がり視野を広く持てるようになりました。生活面で言うと、私は成長期に食べられなかった影響で骨粗しょう症も進行しているので、日光浴や散歩、カルシウム摂取などにも人一倍気を使うようになりました。

