中学生のころ、私はバレー部に所属していました。厳しい練習に耐えながら仲間たちと過ごした日々は、今でも大切な青春の思い出です。しかし、顧問の先生に反発し、「やめます」と言って帰ってしまった翌日、思いも寄らない知らせを受けました。あの日の言葉を謝ることができないまま、先生との別れを迎えることになったのです。
仲間と汗を流したバレー部での日々
バレー部では、毎日のように仲間たちと汗を流し、練習に励んでいました。試合に勝てば一緒に喜び、負ければ涙を流す。部活動に打ち込んだ時間は、私にとって青春そのものでした。
顧問を務めていた男性の先生は、とにかく厳しい人でした。練習があまりにつらく、くじけそうになることもありました。
当時は先生の厳しさを受け止めきれませんでしたが、今振り返ると、私たちを強くしたい、1試合でも多く勝たせたいという思いで、熱心に指導してくれていたのだと思います。
「やめます」と言った翌日に届いた訃報
ある日、先生から厳しく叱られたことで、私はそれまで抱えていた不満を爆発させてしまいました。「やめます!」と言い放ち、そのまま帰ってしまったのです。
ところが翌日、担任の先生から、バレー部の顧問が事故で亡くなったと知らされました。あまりに突然のことで、目の前が真っ暗になるような衝撃を受けました。
その後、私は人生で初めて葬儀に参列しました。周囲の先生や生徒たちは皆、声を上げて泣いていました。しかし、私はあまりの出来事に気持ちが追いつかなかったのか、その場では涙を流すことができませんでした。

