あらゆる境界を越えるおとぎ話の魅力—現実と幻想を行き来する表現
絵:ウォルター・クレイン「美女と野獣」(『ウォルター・クレインの絵本 ラージ・シリーズ第2巻』より)、鶴見大学図書館
装いに注目してさまざまな芸術表現をたどってきましたが、展覧会の締めくくりとなるキーワードは「おとぎ話の想像力」です。
「おとぎ話では、人間と動物が結婚したり、妖精と会話できたりといった、現実にはあり得ないことが、当たり前のように展開していきます。登場人物が、あらゆる境界を軽やかに越えていくところが、物語の魅力だと感じます」と山下さん。
これまでにご紹介した挿絵や舞台芸術に限らず、19〜20世紀の美術表現においても、おとぎ話に着想を得て、想像力を豊かに広げた作品が誕生しています。
訳:ヴァーノン・スタンリー・ジョーンズ、絵:アーサー・ラッカム『イソップ物語』1912年、青山学院大学図書館 運命によって、愛猫を人間の女性へと変身させ、妻として迎えた男性の物語。ネズミが登場したことをきっかけに、猫としての本能があらわになる瞬間が描写されています。
たとえば、19世紀末の「挿絵の黄金時代」を築いた作家のひとり、アーサー・ラッカム(1867〜1939)は、『イソップ物語』を題材に、人間に変身した動物の姿を、躍動感あふれる表現でリアルに描き出しました。
1920年代のフランスで生まれた、夢や無意識の世界を表現するシュルレアリスムの作家のなかにも、おとぎ話の想像力を活かした作品を見つけることができます。
シュルレアリスムを代表する画家、マックス・エルンスト(1891〜1976)は、19世紀の挿絵や科学図版を切り抜いて再構成し、短いキャプションを添えたコラージュ小説を制作しました。
異質なイメージを組み合わせ、新たな物語を立ち上げる表現には、おとぎ話にも通じる想像力が感じられます。
岡上淑子《水族館》1952年 栃木県立美術館蔵 © OKANOUE Toshiko「水族館」
美術評論家の瀧口修造を通じて、エルンストの作品にふれた岡上淑子(1928〜)は、海外のグラフ誌やファッション誌を切り抜いたコラージュを制作しました。
主に女性の身体や装いをモチーフに、モードの空気感を取り入れ、現実と幻想のはざまを捉えた独自の世界を表現した作品です。
この展覧会では、古くから愛されてきた物語の想像力が、19〜20世紀のモードや現代的な表現へと受け継がれていく過程をたどることができます。
さまざまな境界を越えながら、時代ごとのモードを映し出してきたおとぎ話。6つの章をめぐると、私たちが親しんできた物語のエッセンスが、現代にも息づいていることを体感できるでしょう。
よく知っている物語と出会い直す展覧会
グリム童話「ラプンツェル」の展示風景。金色の長い髪をイメージした演出で、訪れた人をおとぎ話の世界に誘います。
モードやファッションという切り口から見つめ直してみると、よく知っているストーリーにも新たな発見があるはずです。時代によって変化してきた装いや、挿絵から舞台芸術に至るまでの幅広い表現にふれて、もう一度おとぎ話に出会ってみませんか?
「なぞとき!日本の物語絵」展示風景
千葉市美術館では、関連企画として、「なぞとき!日本の物語絵」が開催中です。日本に伝わるお話を、クイズで楽しみながらひも解いていく展覧会です。
「装いの力」や「境界を越える」というキーワードを思い出しながら鑑賞すると、異なる地域の物語にも、思いがけない共通点を発見できるかもしれません。
この夏、千葉市美術館で、おとぎ話から広がる多彩な文化と芸術を味わってみてくださいね。
取材協力:千葉市美術館 学芸員 山下彩華様、同館 広報 磯野愛様
