プロ野球選手をはじめ、さまざまな競技者に起こり得る「イップス」。思いどおりに体を動かせなくなったとき、精神科、整形外科、脳神経内科、スポーツドクターのどこに相談すればよいのか、迷う人も少なくありません。イップスの原因や医療機関の選び方、受診することの大切さについて、整形外科 ぐんまの森クリニック院長の濱野先生に聞きました。
※2026年6月取材。

監修医師:
濱野 哲敬(整形外科 ぐんまの森クリニック)
老年病研究所附属病院、群馬大学医学部附属病院、井上病院、済生会前橋病院、桐生厚生総合病院、サンピエール病院、群馬県立心臓血管センターなどを経て、2024年4月に整形外科 ぐんまの森クリニックを開業。現在は院長を務める。日本整形外科学会 整形外科専門医。日本肩関節学会、日本整形外科スポーツ医学会会員。
イップスとは?
編集部
そもそもイップスとは、どのような状態を指すのでしょうか?
濱野先生
イップスとは、これまで普通にできていた特定の動作が、突然うまくできなくなる状態を指します。スポーツでは、繰り返し行ってきた動作で起こりやすい点が特徴です。野球なら「思いどおりにボールが投げられない」「ストライクがまったく入らない」、ゴルフなら「アプローチやパターが入らない」「手が動かない」などの症状が見られます。急に力が入る、逆に抜けてしまう、タイミングが合わない、突然とんでもない動きをするなど、表れ方は多岐にわたります。
編集部
イップスは「緊張しすぎ」が原因なのでしょうか?
濱野先生
以前は、イップスは主にプレッシャーや不安など、精神的な問題によって起こると考えられてきました。しかし現在では、それだけでは説明できないケースも多く、一部には「局所性ジストニア(運動特異的ジストニア)」と呼ばれる神経学的な運動障害が関係していると考えられています。
編集部
ジストニアについて詳しく教えてください。
濱野先生
ジストニアとは、脳から筋肉へ送られる運動の指令がうまく調整できなくなり、本人の意思とは関係なく筋肉に力が入ったり、思いどおりに動きを制御できなくなったりする状態です。局所性ジストニアは、特定の動作をするときにだけ症状が表れるのが特徴です。ジストニアが背景にある場合は、練習中でも同じ動作をすると症状が出るのが典型的で、緊張や人の目があるとさらに強くなることがあります。一方、練習では問題ないのに試合や人に見られる場面でだけ強く出るという場合は、不安の要素が大きいタイプの可能性があります。
編集部
ジストニアがイップスに関係していることもあるのですね。
濱野先生
実際には「精神的な要因だけで起こる場合」「ジストニアが背景にある場合」「両者が重なっている場合」など複数のタイプがあり、表れ方は一人ひとり異なります。私は、発症しやすさには何らかの素因があり、そこに反復動作や緊張などの要因が重なることで、症状が表面化する可能性があると考えています。
編集部
どんな症状が出たら、イップスが疑われるのでしょうか?
濱野先生
代表的な症状は、特定の場面でだけ起こる不自然な動きです。具体的には、「投げようとすると腕が止まる」「パターのときだけ手首がピクッと動く」などです。また、震え・けいれん・ひきつり・ぎこちなさ・力み・フリーズのような状態を伴う場合もあります。普段の生活では問題なくても、競技中の動作に限って起こるのが大きな特徴です。中には、子どものころからそうした症状が出ていたという患者さんもいます。競技を変えても同様の症状が起こるという人もいます。
「イップスかも」と思ったらどこに相談すべき?
編集部
イップスが疑われる場合、まずどこに相談すべきでしょうか?
濱野先生
スポーツ障害に詳しい整形外科やスポーツドクター、あるいは競技の特性を理解している医師に相談するとよいでしょう。理由は、イップスには整形外科的な痛みや使いすぎ、フォームの崩れ、神経学的な異常、心理的要因などさまざまな要素が重なっていることがあるからです。各分野に知見のある医師の診察を受けることが大切です。
編集部
一般の整形外科でも対応できるのでしょうか?
濱野先生
「痛みや関節・筋肉の障害が原因ではないか」を確認する上では有効です。実際、投球障害やオーバーユースによる不調が、イップスのように見えるケースもあります。また、フォームや動作の代償によって二次的な故障が起きている場合もあるため、身体機能の評価は不可欠です。ただし、整形外科だけで完結しないこともあるので、その場合にはスポーツ医学に詳しい医師を訪ねるとよいかもしれません。
編集部
精神科に行くべきケースもありますか?
濱野先生
あります。競技場面での強い不安、失敗への恐怖、抑うつ、不眠、日常生活にも影響するほどの精神的負担がある場合は、精神科や心療内科の支援が役立ちます。しかし、「イップス=心の問題」と決めつけるのは適切ではありません。心理面のケアが必要な人もいれば、神経学的な評価を優先すべき人もいるため、症状の出方に応じて判断する必要があります。
編集部
初めにどの診療科を受診したらよいのか悩みそうですね。
濱野先生
最初から適切な診療科を選ぶのは難しいかもしれません。そのため、スポーツ自体に詳しい医師の診察を受け、原因を精査した上で、適した診療科に導いてもらうのが現実的だと思います。例えば、震えやけいれん、動作の途中で固まってしまうといった不随意運動が目立つ場合は、局所性ジストニアの診断や治療を専門とする脳神経内科が適していることもあります。自己判断で絞り込むよりも、まず体の状態を評価してもらった上で、必要な科につないでもらうのが確実です。

