江戸時代から伝わる「日本三奇」って何? 兵庫県・生石神社に残る謎の巨石【石の宝殿】|桜井識子

江戸時代から伝わる「日本三奇」って何? 兵庫県・生石神社に残る謎の巨石【石の宝殿】|桜井識子

各地に残る不思議な噂や伝承を、桜井識子さんが実際に現地を訪ねてひもといた『謎の先には〝開運〟がある! 歴史ミステリとパワースポットを調べてわかったこと』。本書では、織田信長と豊臣秀吉、平家落人伝説、日本三奇、久米島、屋久島などをめぐり、噂や伝承の先にある知られざる物語や、土地に宿る力、ありがたいごりやくを探ります。

今回ご紹介するのは、江戸時代から伝わる「日本三奇」のひとつ、兵庫県・生石神社の「石の宝殿」。巨大な石はどのようにして造られ、なぜ「日本三奇」と呼ばれているのでしょうか。桜井さんが現地で知った伝承とパワースポットをご紹介します。

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日本三奇

江戸時代の医師、橘南谿が記した書物で紹介されたのが、「日本三奇」です。3つの奇跡、という意味だそうです。

その3つの奇跡とされているのは、兵庫県高砂市「生石神社」の「石の宝殿」、宮崎県と鹿児島県の境に位置する高千穂峰山頂の「天の逆鉾」、宮城県塩竈市「御釜神社」の「四口の神竈」です。

私は日本三奇を知らなかったのですが、たまたま参拝した生石神社で出会ったおじさんが教えてくれました。

というわけで、まずは生石神社のご紹介です。

石の宝殿

大きな石があるらしい、ということで参拝に行きました。『幸せを引き寄せる 石の力』(宝島社)という本の取材であちこちを巡っていた頃です。その大きな石にどんなパワーがあるのだろうと興味を引かれました。

鳥居をくぐって進むと、立派な拝殿があります。神門のように中央から奥へと行けるようになっています。拝観料は100円でした。

拝殿の向こうに巨大な石がありました。想像を絶するほどのサイズです。幅6.47メートル、高さ5.68メートル、奥行き5.58メートルだそうで、数字にすると「へぇ~」で終わりそうですが、実際に見たらビビる大きさです。

石の宝殿(写真:桜井識子)

側面は、何かをはめられるようにしているのか、少し削られています。凹凸の凹のほうなのです。上から下までストーンと削られていました。後面は道路に置くコーンを倒したように(そこまでではないかもしれませんが)、派手に出っ張っています。そして、石の下は水が溜まるように掘られており、石が浮いているように見えました。

天然の大きな石があると思っていたので、人工的な石だったことに驚きました。石を見上げていると、なぜこの形に? という疑問も湧いてきました。

石の前で手を合わせ、祝詞を唱えました。

しかし、ここに神様はいません。

石のパワーをもらう場所として、神社が造られたのかもしれないのですが……正直に言いますと、石にもパワーがないのです。さわってみてもパワーが感じられません。天然のままの形状じゃないからパワーがないのかな、と思いました。

拝殿の右側には「霊石」があります。そこそこ大きな石です。でもこれも、普通の石でした。パワーがあるわけではありません。

霊石の向こう側を見たら、そこから上に行けるようになっていました。斜面が一枚岩のようになっており、その斜面が掘られていて、階段が作られているのです。それを見て、岩山であることを知りました。

わざわざ階段状に掘っているわけですから、上ってもいいということでしょう。さっそく上に行ってみました。

すると、この拝殿横の斜面に大きなパワーがあったのです。すごいパワーが下から放出されていました。土地と岩のパワーです。「おぉ~」と思わず感嘆の声が出たくらいの強さでした。

拝殿横の斜面(写真:桜井識子)

ある程度の高さのところで振り返って写真を撮りました。景色も最高です。

パワーがある場所でよかった、来たかいがあった、と下りようとしたら、「上に行ってみなさい」という声が聞こえました。神社に神様はいなかったので、岩山の神様なのかもしれません。

よし、じゃあ、てっぺんまで行ってみるか~、ということでそこからまた上りました。

配信元: 幻冬舎plus

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