「成長しない主人公を書いてみたい」寺地はるな×砂村かいりがお茶会で明かした創作の本音|砂村かいり,瀧井朝世,寺地はるな

「成長しない主人公を書いてみたい」寺地はるな×砂村かいりがお茶会で明かした創作の本音|砂村かいり,瀧井朝世,寺地はるな

成長しない主人公を書いてみたい

寺地 そうなんですか。砂村さんは若い人の心理を書くのもものすごく上手ですよね。『飛距離の長い青春』でもそう思いました。これは医学部を目指す予備校生たちの話ですよね。

砂村 高校生でも大学生でもない、予備校という寄る辺ない場所に身を置いている人たちを主人公に書きたいという気持ちが以前からあったんです。

寺地 取材も結構されたんですか。

砂村 はい。担当編集者さんの弟さんが現役のお医者さんで、医療関係の方や医学部生の方に取材させてもらいました。医学部受験のための予備校にも取材に行きました。私自身、昔教育関係で働いていたので、その時の記憶も活かされています。

寺地 医学部に合格するところが物語のクライマックスになるのかなと思っていたら、その先で大変なことがあるし、挫折と思いきや結果的にはよかったのかな、ということも書かれていて、その転がり方がすごくいいなと思いました。

砂村 ありがとうございます。嬉しいです。

 

寺地 『苺飴には毒がある』も十代の女の子の難しい友達関係が描かれますが、過去のことはよく憶えているほうですか。

砂村 すごく憶えています。嫌なことは記憶をなぞるように思い返してしまうので、自分でも損な性格なんですけれど、小説家になったからにはそういう記憶を使ってやろう、くらいの気持ちでいます。

寺地 私、イベントとかで中高生へのお薦めの本を訊かれると、だいたい砂村さんの本を挙げています。この間も『飛距離の長い青春』を挙げました。

砂村 ブックサンタで『苺飴には毒がある』を選んでくださったこともありましたよね。それを知った時は嬉しくて震えました。

 

──いつもどのように小説のテーマを決めているのですか。砂村さんは恋愛小説でデビューされましたが、そこから実にいろんな題材を扱っていらっしゃいますね。

砂村 私が投稿したカクヨムはいろんな部門があって、自分に書けそうだったのが恋愛部門だったので最初に『炭酸水と犬』を書いたんです。自分では恋愛に限らずいろんなことを書いてみたいと思っていたら、いい感じに編集者さんがサジェストしてくれるんです。「好きなものを書いてください」と言われてアイドルが好きだからそれを題材にしたのが『黒蝶貝のピアス』だし、X に昔の友人関係について「あれは毒友だったのかもしれない」とつぶやいたら編集者さんから「それを小説にしませんか」と言っていただいて書いたのが『苺飴には毒がある』でした。

 この題材が書きたいから書くというより、求められたお題に合わせて書くことで、自分が気づかなかったものが引きずり出されていく感覚です。

寺地 そういう時のほうが、書こうと温めてきたものよりも、もっと遠くに行ける感じがありますよね。

砂村 そうなんです。サジェストしてもらったことが、思いがけず自分をもっと知るきっかけになったりします。

寺地 なんとなく書きたいけれど形にならないものと、「こういうのどうですか?」と言われたものが合わさった瞬間に、いいものが生まれたりする。それは、誰にも発表せずに一人で小説を書いているだけでは届かなかった世界だろうなと思います。

 

砂村 なんとなく書きたい、というものもあります。私、小説って主人公が成長することが基本にあるけれど、成長しない主人公も書いてみたいんですよ。短篇では少し試みてはいるんですけれど。青山七恵さんの『ひとり日和』は、主人公が最後まで成長しなくて、そこにしびれてしまって。それは青山さんの高度なテクニックやセンスがあるからなんですけれど。ただ、あまりに主人公が成長を遂げていくと、道徳の教科書みたいになってしまう気がしています。

寺地 そうですね。ある意味、成長後の姿が正しい姿ですよというメッセージになってしまうかもしれない

砂村 この世の中は、「ありのままでいい」と言いながらも、いい変化を遂げることを強く求められている気がします。

寺地 人間の性質ってそんなにすぐ変わらないから、真っすぐに成長するというより、行ったり戻ったり、ジグザグ変化するものなのかなとは思う。

嫌な思いをしたら怒っていいんだ、と気づかせてくれる小説

砂村 その話に通じるかどうか分からないんですけれど、寺地さんはエッセイ集『ナモナキ生活はつづく』で、20歳から24歳くらいの頃にいた職場の方々のことを書かれていましたよね。年上のパートタイマーの方たちが、「あなたは仕事の手を抜かない、ずるいこともしない」「そのままで大丈夫」って言ってくれた、って。

 あれを読んで、私、ボロ泣きしそうになって。「ずるいことをしない」というところに気づいて、それを言語化して声をかけてくれる人の存在って、本当に尊いことだなって思いました。

寺地 私は、本当に何も知らないまま社会人になったので、その人たちに電話の応対の仕方から何から何まで教えてもらったんです。「御中」も知らなくて「ウォンチューってなに?」ってくらいだったので(笑)。そこで覚えたことを、今も大事にしているというか。

 私、自分に才能があるとかセンスがあるとか一切思ったことがないんですよ。メールをすぐ返すとか、ゲラをすぐ戻すとか、そういうところで仕事をもらっていると思っているので、そこだけはすごくちゃんとしています。

砂村 才能やセンスがないとは思わないですけれど、そういう真面目さとか、実直さって人には分かるんですよね。でも、私はずる賢い人たちが立ち回って、真面目な人が見切りをつけて去っていく職場をたくさん経験してきたので、寺地さんみたいな人たちばかりと働けたらどんなにいいだろうと夢想します。

 それに、寺地さんの作品は『こまどりたちが歌うなら』や、アンソロジーの『最後の晩餐』に寄せられた「小曾根幸子の送別会」という短篇などで、職場でこういう文化は引き継いでほしくない、ということを形を変えながら書いてくださっている。それは書き手としても社会人としても女性としても勇気づけられます。

 また友達というものについても、寺地さんに再定義してもらったように思います。「小曾根幸子の送別会」もそうですが、『わたしたちに翼はいらない』などでも、友達とは呼べないような知り合いでもお互いを気遣いあったり、幸せを願ったりできるよ、ということが描かれている。友達の数が多いか少ないかより、人と豊かな関わりができるかが大事なんだと思わせてくれる。私は近年、人間関係を剪定してしまって今は友達と呼べる人が少ないので、すごく励まされます。

 

──お二人の作品は、現実を生きる人に気づきや励ましを与える要素が多いですよね。

砂村 寺地さんの小説は、会社でハラスメントに遭っている人とか、友達や家族に嫌な思いをさせられている人に、「あ、怒ってもいいんだ」とか「あ、こういうふうに言ってもいいんだ」と気づかせてくれるというか。自分を客観視できる言葉に満ちている。

寺地 世の中にはひどいことがたくさん起きていて、その中で生活しているんだから言いたいことだってある。小説の中で直接その話題に言及しなくても、なにか表せないかなと思っているんですけれど、砂村さんの『マリアージュ・ブラン』では、2人の会話の中で実際の戦争の話にも触れていますよね。こういうアプローチもあるなと思いました。やっぱり、絵空事にしたくない気持ちがありますか。

砂村 はい。まるで世界で何も起きていないかのように書くことには違和感があります。自分たちのことで精いっぱいな主人公を書くのはいいけれど、でも今この瞬間にも砲弾で死んでいる子どもがいる。『マリアージュ・ブラン』は2024年に出した作品で、その時に世の中で起きていることをちょっとでも入れこめてよかったと思っています。まあ、思想を押し付けるなと言う人もいますよね。戦争反対って、別に思想ではないのに

 

寺地 実際、私たち自身、ニュースを見て考える時もあれば、漫画読んで笑っている時もある。どっちかだけっていうことはなくて、そのバランスをとるのがしんどくなることもあります。でも、偉そうなことを言うと、本とか出してる人間が何も言わないのは駄目だなと思ったりして。

砂村 そうですよね。言葉を紡ぐことを生業にしている私たちが声を上げないでどうすると、思います。今の若い人たちに安心な未来を手渡したい気持ちがすごくあります。

寺地 そういうことに興味のない十代くらいの若い読者が、なんか作家がわーわー言ってるなって関心を持つきっかけになってくれたら、そのほうがいいと思うし。

砂村 寺地さんがそう言ってくださることが、涙が出るほど嬉しくて心強いです。今日はお会いできて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

寺地 こちらこそ。ありがとうございました。

配信元: 幻冬舎plus

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