ついに国芳本人が登場!しかし……
そうして宝探しを進めていると、最終章である人物に出会います。それは国芳自身。宝探しを仕掛けた本人に、ようやく出会うことができました。
その登場の仕方にもクセがありまして…。
歌川国芳《名誉右に無敵左り甚五郎》嘉永初期(1848-50)頃 個人蔵
《名誉右に無敵左り甚五郎》は、江戸時代初期に活躍した彫刻家、左甚五郎が人形を彫っている場面。中央に座る甚五郎は、国芳本人とされています。
しかし甚五郎は背中を向けており、顔をうかがうことはできません。散りばめられた「地獄変相図のどてら」「芳桐紋の手ぬぐいと座布団」「傍らの猫」というヒントの意味がわかる人にだけ、その人物が国芳だとわかるのです。
歌川国芳《名誉右に無敵左り甚五郎》(部分)嘉永初期(1848-50)頃 個人蔵
このように、国芳は自分を絵に登場させることはあったものの、あの手この手で顔を隠していました。ほかにも、《流行逢都絵希代稀物》では中央にいる大津絵描きが国芳の自画像ですが、舞い上がる紙で顔を隠しています。
歌川国芳《流行逢都絵希代稀物》嘉永5年(1852)頃 個人蔵
それはまるで、国芳が仕掛けた最大の宝探しのよう。宝を見つけられても、彼が自ら顔を見せてくれることはないのですが…。
ここまでたどり着いた鑑賞者に、国芳は何を思うのでしょうか?「よくやった!」なのか、「まだまだこんなもんじゃねえ」なのか…。
隠された顔に浮かぶ表情を想像し、なんだか憎たらしく、でも愛おしさも感じていました。
「もっと見たい!」と思わせる国芳の浮世絵
歌川国芳《宮本武蔵と巨鯨》弘化4年(1847)頃 個人蔵
あらゆるジャンルで活躍した国芳。どの分野でもユニークな発想で取り組んで人気を博し、本展では「浮世絵スーパークリエイター」と称されています。
私が感じた国芳の凄さは、絵を「見る」だけで終わらせず、鑑賞者に「発見」させるところです。宝探しを楽しんでいるうちに、国芳という人間にも少し近づけた気がしてきます。
展示風景
最後まで国芳のすべてを知ることはできませんでしたが、だからこそ国芳の新作が見たい! 次も面白いに決まってる! 私が江戸時代に生きていたら、こんな風に思っていそうです。
展覧会を見終えた今でも、「まだまだ私が見逃した仕掛けがあったんだろうなあ…」と考えてしまいます。何度でも絵を見たくなるのも、国芳の狙いかもしれません。
