【闘病】授乳期でもないのに黒い分泌液が… 37歳で気付いた異変『乳がん』は肺・脳へ転移

【闘病】授乳期でもないのに黒い分泌液が… 37歳で気付いた異変『乳がん』は肺・脳へ転移

2019年10月、当時37歳だった伊藤さんは、右乳頭から黒い分泌液が出ていることに気付きました。すぐに内科クリニックを受診したものの「乳腺症(乳腺に起こる良性の変化の総称)」と言われ、右乳がんの確定診断に至るまでには8カ月かかりました。右乳房の全摘手術や抗がん剤治療を経て仕事に復帰しましたが、その後、肺や脳への転移が判明します。伊藤さんに発覚から診断、治療、現在に至るまでの経緯を聞きました。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年7月取材。

伊藤さん

体験者プロフィール:
伊藤直美さん

1982年生まれ、大分県在住。診断時の職業は介護福祉士。2019年10月に右乳頭からの黒い分泌液に気付き、2020年6月に右乳がんと診断される。右乳房全摘手術、抗がん剤治療、分子標的薬治療を経て復職するが、その後、肺転移・脳転移が判明。仕事を辞め、現在は入院して治療を続けている。

授乳期でもないのに黒い分泌液が… 診断までにかかった「8カ月」の後悔

授乳期でもないのに黒い分泌液が… 診断までにかかった「8カ月」の後悔

編集部

体に異変を感じたのはいつごろでしたか?

伊藤さん

2019年10月、私が37歳のときです。当時、認知症対応型グループホームの介護職員として働いていました。実務経験を積み、介護福祉士の試験にも合格して、フルタイム勤務のパートから夜勤もある正社員になったばかりの慌ただしい時期でした。家事と仕事に追われ、自分のことはどうしても後回しになっていたんだと思います。
そんなある日、利用者の介助中に、まるで母乳が出てきたときのような不思議な感覚がありました。トイレに行って確認すると、右胸の下着が黒い分泌液で汚れていたんです。

編集部

黒い分泌液に気付いたときは、どのようなお気持ちでしたか?

伊藤さん

「何これ! 授乳期でもないのに乳頭からこんな液が出てくるなんておかしい!」と、直感的に悪い予感がしました。女性ばかりの職場だったので同僚にも相談したところ、すぐに受診を勧められました。
その日のうちに病院を探しましたが、有名な乳腺外科は予約が1カ月待ち。一方で、マンモグラフィなどの検査対応ができる内科クリニックは4日待ちでした。私は一刻も早く受診して結果を知りたかったため、4日待ちの内科クリニックを予約することにして……。今振り返ると、この選択が早期発見に至らない原因になってしまいました。

編集部

最初に受診した内科クリニックでは、どのような診断だったのでしょうか?

伊藤さん

マンモグラフィと細胞診を受け、「乳腺症でしょう」と言われました。でも、その後も黒い分泌液は出続け、仕事中は母乳パッドが手放せない状態でした。2020年4月、右乳頭の内側にしこりがあることに気付き、再び同じクリニックを受診しました。穿刺(せんし)細胞診(細い針を刺して細胞を吸い出す検査)を受けた結果、「悪性腫瘍に限りなく近いが、場所を特定できない。専門医を紹介します」と言われたんです。
ただ、紹介された乳腺外科も予約は1カ月待ちでした。くしくもその乳腺外科は、2019年10月に予約1カ月待ちだからと諦めた病院だったんです。結局、紹介状を持って2020年6月に受診し、検査を受けた当日のうちに「右乳がん」と診断されました。同じ病院にたどり着くまでに、8カ月もの月日が流れてしまっていました。

編集部

診断がついたときの心境を教えてください。

伊藤さん

「やっぱり悪いものだったんだ」という思いと同時に、診断までに8カ月もかかってしまったことへの後悔が押し寄せました。「初めから、1カ月待ってでも乳腺専門病院を予約していればよかった」と……。さらに、「37歳で乳がんになるの? なぜ私が? 胸がなくなるの? 死ぬの?」と、複雑な感情が一気に湧き出てパニックになりました。

右胸全摘と度重なる転移。突きつけられる厳しい現実

右胸全摘と度重なる転移。突きつけられる厳しい現実

編集部

どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか?

伊藤さん

「右胸の全摘手術を行い、その際に脇のリンパ節をサンプル程度に採取して、切除した腫瘍を詳しい検査に出します。そこから分かる『サブタイプ(がん細胞の性質による分類)』によって、今後の治療方針を決めましょう」と言われました。
後に判明した私のサブタイプは、ホルモン受容体は陰性、HER2(ハーツー/細胞の増殖に関わるタンパク質)陽性、悪性度はグレード3(3段階中で最も高い)、再発リスクは中等度という結果でした。そのため、抗がん剤と分子標的薬(がん細胞の特定の分子を狙い撃ちする薬)による治療の適応になるとの説明でした。その後、実際に右乳房全摘手術と、EC療法(エピルビシンとシクロホスファミドの2剤を組み合わせた抗がん剤治療)4クール、分子標的薬治療17クールを受けました。

編集部

最初の治療を終えた後は、どのように過ごしていましたか?

伊藤さん

診断された当初は、自分の中にがんがあるという現実をどうしても認めたくなくて、あえてこれまでと変わらない生活を送るように意識していましたね。闘病生活の中で、最大の支えになっていたのは、やはり家族の存在でした。
右乳がんの手術や治療を終えた後は、発覚時に勤めていた職場から転職しました。「治った!」という気持ちで、病気になっても働けるんだと自信を持ち、定期受診に通いながら訪問介護の仕事をしていました。

編集部

再発・転移は、どのようなきっかけで分かったのでしょうか?

伊藤さん

2023年12月ごろから、咳(せき)が続くようになったんです。また、同じころに2度の交通事故に遭い、整形外科でCTやMRIを撮影しました。ちょうど乳腺外科の定期受診日と重なっていたため、画像のコピーをもらい、2024年2月に持参しました。すると、過去の画像には写っていなかった影が肺にあり、急きょ呼吸器内科を紹介されました。
当初は、原発性の肺がん(新しく肺から発生したがん)の可能性も疑われ、経過観察が続きました。喘息(ぜんそく)も持っていたため、その治療と同時進行でしたが、咳は止まるどころかひどくなり、出される薬も強くなっていきました。2024年5月に気管支鏡検査(気管支に細いカメラを入れて行う検査)を受け、乳がんが肺に転移していることがはっきり確認されました。がん性リンパ管症(がん細胞が肺のリンパ管に広がった状態)と胸膜炎(肺を覆う膜の炎症)を伴う肺転移との診断でした。医師からは「根治は難しい」と言われ、同月中旬から2回目の抗がん剤治療が始まります。

編集部

肺転移の治療後、ほかにも転移が見つかったのでしょうか?

伊藤さん

はい。それだけでは終わりませんでした。2026年2月に今度は左胸に違和感を覚え、細胞診を受けたところ、3月に左胸にも腫瘍があることが判明したんです。そのため4月に入院し、5月に左胸の全摘手術を受けました。入院中には、以前手術した右胸の傷跡にも再発が見つかったため、切除も同時に受けています。
さらに、入院中に頭部CTを撮影したところ、脳転移していることも分かりました。退院と同時に脳神経外科と腫瘍内科を紹介され、同月中に脳神経外科でガンマナイフ(頭を開けずに病変部に放射線を集中させて照射する方法)による治療を受けました。現在は、腫瘍内科のある別の病院に入院し、トラスツズマブ デルクステカン(HER2を標的とする抗体に抗がん剤を結合させた薬)の投与による治療を続けています。


左胸の全摘手術と手術跡の切除を受けたとき

配信元: Medical DOC

提供元

プロフィール画像

Medical DOC

Medical DOC(メディカルドキュメント)は800名以上の監修ドクターと作った医療情報サイトです。 カラダの悩みは人それぞれ。その人にあった病院やクリニック・ドクター・医療情報を見つけることは、簡単ではありません。 Medical DOCはカラダの悩みを抱える方へ「信頼できる」「わかりやすい」情報をお届け致します。