俳優の仲野太賀が主人公の豊臣秀長を演じるNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」(総合ほか)の第32回が23日に放送される。第31回では、清須会議後に織田家の主導権を握った羽柴秀吉(池松壮亮)と、柴田勝家(山口馬木也)、市(宮﨑あおい)らの対立が決定的となった。秀吉は織田信長の次男・信雄(山脇辰哉)を味方につけ、三男・信孝(結木滉星)が守る岐阜城への出陣を決断。ついに織田家の後継をめぐる争いは、武力衝突へと発展する。第32回では、岐阜城攻めの行方だけでなく、雪解けを待つ勝家との対決に向けて、秀吉・小一郎(仲野)兄弟がどのような判断を下すのかが大きな見所となる。史実では、1583年に両者が激突した賤ケ岳の戦いへとつながっていく重要な局面だけに、秀吉の天下取りと小一郎の立ち位置がどう描かれるのか注目される。
大河「豊臣兄弟!」第32回「賤ケ岳の決闘」(8月23日放送予定)見所解説
信雄を味方につけた秀吉は、信孝との戦に圧勝。織田家の後継ぎである三法師(清水伊織)を奪還する。勝家が雪解けを待ちながら秀吉との戦の準備を進めるなか、勝家の与力である前田利家(大東駿介)のもとを思わぬ人物が訪ねてくる。やがて春が訪れ、羽柴・柴田両軍は賤ケ岳で対峙。にらみ合いが続くなか、信孝が岐阜で再び挙兵したという知らせが入り、秀吉は小一郎に後を任せて岐阜へ向かう。
大河「豊臣兄弟!」第31回(8月16日放送)ストーリー展開(振り返り・ネタバレあり)
第31回は、清須会議後に織田家の主導権を握った秀吉と、それに反発する勝家、市、丹羽長秀(池田鉄洋)らの対立が鮮明になる展開が描かれた。特に、信長の葬儀をめぐる秀吉と市の駆け引きや、秀吉が諸将を次々と取り込んでいく過程は、織田家中の勢力図が大きく変化していく様子を印象づけた。さらに、秀吉が信雄を味方につけ、信孝の守る岐阜城への出陣を決めたことで、秀吉と市・勝家らの対立はいよいよ武力衝突へと向かうことになった。
【以下、ネタバレ】
天正10(1582)年8月、清須会議の結果、三法師の名代は置かず、秀吉ら家老の合議制で織田家を支える新体制が決まった。織田家最大の領地を手にした秀吉は、山城国の山崎城にいた。そこへ安士から、信孝が安土城にいた三法師を岐阜城へ連れていったと書かれた書状が届く。戦で焼け落ちた安土城の修繕が終わるまで三法師を保護するという名目だったが、秀吉は、三法師を懐柔して織田家を意のままに操るのが信孝の狙いだと推測した。小一郎は、三法師を力ずくで奪還するより、安土城の普請を担う長秀に修繕を急がせるべきだと進言。また黒田官兵衛(倉悠貴)は、信孝の背後に「黒幕」がいる可能性を警戒した。
勝家と夫婦になり北庄城に移った市のもとに、秀吉から書状が届く。そこには、清須での取り決めに反する信孝の動きに勝家が関わっているなら、手を引くよう諫めてほしいと記されていた。秀吉は、勝家との結婚を市に勧めた際、織田家のためだと伝えていたが、市は、信長に成り代わろうとする秀吉の野心を見抜き、織田家を守るために武力で対抗すべく勝家に嫁いでいた。市は、秀吉からの書状を破り捨てた。
小一郎は坂本城の長秀を訪ね、安土城の普請を急がせようとしたが、長秀は、諸将への領地配分を合議抜きで勝手に進めた秀吉の増長を激しく非難。もはや、ともに三法師を支えることなどできぬと反発し、小一郎を追い出す。小一郎は城内で鉢合わせた利家から勝家の動向を探ろうとしたが、利家も秀吉への敵意をむき出しにした。
山崎に戻った小一郎は、このままでは孤立すると秀吉に忠告。勝家や長秀らと話し合う場を設けるため、三法師を喪主とした信長の葬儀を執り行うことを提案するが、諸将から、参列を断る書状が一斉に届く。法要はすでに市を喪主として妙心寺で営まれており、信孝、勝家、長秀、池田恒興(堀井新太)ら織田家の主要な面々はすべて参列していた。
自分だけが排除されていたと知った秀吉は、市こそが真の敵だと悟る。そこで信長の血を引く養子の秀勝(柊木陽太)を喪主とした盛大な葬儀を京の大徳寺で強行した。大徳寺の手配には、堺の豪商・今井宗久(和田正人)の紹介で、茶人の千宗易(吉岡秀隆)が協力。秀吉は、天を仰ぎながら「上様の目指した、新しき、面白き世にしてみせまする」と信長に誓いを立てた。式の最後、秀吉は信孝と組んだ滝川一益(猪塚健太)が放った刺客をさらす。首をはねると見せかけて縄を解くと、一益のもとにいられなくなったら自分の家来にしてやると告げ、「わしとともに、面白き世をつくろう」と呼びかけ、懐の大きさを示した。
一方、市と勝家は信孝に対して三法師を引き渡すよう促したが、信孝は頑として応じなかった。
そんななか、北庄城に小一郎が訪ねてきた。小一郎は市と向き合い、自分たちは織田家をないがしろにするつもりはなく、ともに生きる道があるはずだと必死に訴えるが、市は、秀吉が織田家を滅ぼすつもりでいると語り、小一郎に、今の秀吉を支える覚悟があるのかと問いかけた。そして小刀を差し出し、「私を殺してみよ。織田家を滅ぼすとはそういうことじゃ。それができぬ、お前らに勝ち目はない。新しき世をつくるなど到底なしえぬ。兄上の志は、私が受け継ぐ。お前らなどには渡さぬ」と突き放した。市は、秀吉たちを止めることが今後の生きがいになったと悔しさをにじませた。
そのころ長秀は、秀吉につくことを決めたと利家に話していた。秀吉から届いた書状には、すでに調略された諸将の名が連なっていた。長秀は「口車に乗せられたのでも情にほだされたのでもない。わしは…羽柴秀吉に屈服したのじゃ」と述べた。利家は絶句した。
秀吉は、官兵衛の調略によって信雄を味方に引き入れ、大義名分を手にした。そして信孝の守る岐阜城への出陣を宣言。市の言っていた「秀吉の覚悟」を目の当たりにした小一郎は絶句した。

