円山応挙《お雪の幻》(1750年頃)。絹本着色。カリフォルニア大学バークレー校美術館蔵。足のない幽霊のイメージを広めた、応挙の代表的な幽霊図の一つ。, Public domain, via Wikimedia Commons.
白い着物、ほどけた髪、そして腰から下はすうっと霞んで消えている。
幽霊に足はない。
私たちは何となく、そういうものだと思っています。
けれど、よく考えると不思議です。その足は、いつ、誰が消したのでしょうか。足のない幽霊を広めたのは、江戸時代の絵師・円山応挙だと言われています。ところが応挙という人物を知れば知るほど、この話は奇妙に思えてくるのです。
ありのままを描く人が、ありえない姿を
円山応挙(1733〜1795)は、京都で活躍した絵師です。応挙が重んじたのは、目の前のものを見たとおりに写し取る「写生」でした。のちに写生派の祖とも呼ばれています。
円山応挙《群犬図》(1773年)。毛のひと房、からだの丸みまで写し取る「写生」は応挙の真骨頂だった。, Public domain, via Wikimedia Commons.
子犬や草花を描いた作品を見ると、その観察の細やかさに驚かされます。毛の一本、葉のひと反りまで、息をしているようです。ところが、その応挙が広めたとされているのが、現実にはありえない「足のない幽霊」の姿でした。
代表作の一枚が《返魂香之図(はんごんこうのず)》です。
青森・久渡寺に伝わるこの絵は、近年の調査で応挙の真筆と認められ、2021年に弘前市の文化財に指定されました。もう一枚が、冒頭で紹介した《お雪の幻》です。二枚は同じ絵に見えますが、別の作品です。
そしてどちらの絵でも、女性の姿は腰から下が消えています。足はどこへ消えたのでしょうか。
足を消したのは、一本のお香だった
焚くと煙の中に死者の姿が浮かぶという反魂香のイメージ(イメージ)
足が消えた理由として、古くから語られてきたのが「反魂香(はんごんこう)」です。反魂香とは、中国の伝説に登場するお香です。焚くと、その煙の中から死んだ人の姿が浮かびあがるとされています。
有名なのは漢の皇帝・武帝の物語です。武帝は若くして亡くなった李夫人をどうしても忘れられず、このお香を焚かせて、煙の中にその面影を見たと伝えられています。
この物語は唐の詩人・白居易の詩にもうたわれ、日本でも古くから知られてきました。煙の中から、すうっと立ちのぼる死者の姿。どこまでが煙で、どこからが人なのか、はっきりしません。足元も煙にまぎれて見えません。
つまり《返魂香之図》に描かれたのは幽霊ではなく、香の煙の中に浮かびあがった死者の姿でした。そのように考えると、足がない姿にも納得がいきます。
