「10年後を見ていてください」。加藤超也の人生を変えた1通のDM

「10年後を見ていてください」。加藤超也の人生を変えた1通のDM

大企業を21歳で退職し、料理の世界へ。長友佑都選手にDMを送ったことをきっかけに、専属シェフとして10年連れ添うことになった加藤超也さん。決断の裏側と、専属シェフという仕事の本質を、クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」で語ってくれました。

「僕の10年後を見ていてください」加藤さんがサラリーマンを辞めた理由

青森県出身の加藤さんは、高校卒業後に上京し、一部上場企業に就職しました。真面目な学校生活を送り、推薦枠で入社を決めたものの、仕事への高揚感がないまま、3年10ヶ月を過ごしたといいます。

転機になったのは、このまま働き続けた将来が思い描けないと気づいたときでした。

「60歳を迎える時まで働いてるイメージが全くつかなかった」

動くなら早い方がいい。そう逆算したとき、建築士として実際に形あるものを残してきた父の存在が頭にありました。「後世に残せるもの」を自分の手で作りたい、そんな漠然とした思いの中で選んだ選択肢が、料理でした。

味覚への自信は、幼少期の環境が育んだといいます。実家では建築士業のかたわら町議会議員も務めていた父のもとに来客が絶えず、母がふるまう手料理を横で見て育ったこと。そして食材の宝庫である青森で、近所の人から新鮮な魚介やイカを気軽にお裾分けしてもらう暮らし。「日々イカ刺しがある」ような環境で、味覚には自然と自信がついたそうです。

退職を止める上司には、こう言い切って会社を去りました。

「僕の10年後を見ていてくださいって、ちょっと偉そうなことを言って辞めたんです」

ところが、啖呵を切った1週間後には早くも心が折れかけていたと振り返ります。

「なんで俺やめたんだろうって、ほんとに明確に覚えてますね」

それでも「自分の言葉には責任を持ちたい」という思いが、そこから踏みとどまる支えになったといいます。

長友選手を射止めた、1通のDMと3種のポタージュ

料理人に転身し、複数の店で4年間の修行を重ねた後、イタリア料理店のシェフに就任。シェフとして4年目を迎えた29歳の加藤さんは、自身の料理人人生を見つめ直していました。基準にしたのは「将来、自分の息子に仕事をかっこいいと思ってもらえるか」ということ。今のままレストランで独立しても、業界で一番にはなれない。そんな自覚があったといいます。

きっかけとなったのは、元日本代表・中澤佑二さんの来店でした。サラダは塩とオリーブオイルだけ、肉の脂身はカットしてほしいという厳格なオーダーを受けたそうです。

「料理っていうものは、見た目だったり美味しさだったり、自分が考える創造性があって1皿になってる、その提供までしか考えられてなかったんですよね」

そこから一歩踏み込んで、料理が体に入って血肉になるところまで意識させられたといいます。「食とスポーツを掛け算する」ことで料理の付加価値が上がっていく感覚を、加藤さんはこのとき初めて体験しました。

アスリートの専属シェフという仕事が存在するのか、自分でネットを調べても見つからない。ならば自分がなろうと、加藤さんはツイッターで長友選手に長文のDMを送ります。

「専属シェフになりたいという思いの丈と、そこまで準備してきたということ、それがなぜ必要だと思うのかを書きました」

送信から6時間後にはマネジメントから返信があり、3日後に面談、2週間後には長友選手本人との電話へと、話は驚くほどのスピードで進んでいきました。

そして約1ヶ月後、帰国した長友選手との「料理面接」で加藤さんが出したのが、3種類のポタージュスープ。とうもろこし、白玉ねぎ、枝豆。それぞれ塩とオリーブオイルだけで仕立てたシンプルな一皿です。

「自分はこのシンプルな調味料で、食材の可能性をここまで引き出せますという、自分の中では名刺代わりでした。刺さらなかったら落ちるだろうなと思っていて、メインディッシュを1発目にぶつけたみたいな感覚でしたね」

3種類を食べ終えた長友選手が発した言葉は、シンプルなものでした。

「決まりやろって言ってくれたのは覚えてますね」

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