女優の見上愛が一ノ瀬りん、上坂樹里が小川直美という2人のヒロインを演じるNHK連続テレビ小説「風、薫る」(総合)の第22週「明るい未来」(第106~110回)が24日から始まる。第21週で、シマケンこと島田健次郎(Aぇ! group・佐野晶哉)との別れを経て、りんは看護婦として生きる道を選んだ。一方、直美は吾郎(甲斐翔真)との結婚生活の中で妊娠が判明する。しかし、2人がそれぞれの人生を歩み始めた矢先、日清戦争が開戦。吾郎の出征が決まり、広島の陸軍病院で看護にあたる玉田多江(生田絵梨花)からも厳しい現実を伝える手紙が届く。愛する人の無事を願う思いと、看護婦として傷ついた人を救う使命。その両方を抱えながら、りんと直美が「明るい未来」をどう切り開いていくのかが描かれる。
朝ドラ「風、薫る」第22週「明るい未来」(第106~110回)あらすじ
日清戦争が始まった。直美が妊娠したことを吾郎は喜ぶが、吾郎の出征が決まる。一方、りんのもとには、看護婦養成所で共に学んだ同期の多江が広島の病院で軍人の看護に苦戦しているという手紙が届く。そんななか、大山捨松(多部未華子)も動き出して…。
朝ドラ「風、薫る」第21週「定めと選択」【振り返り】
第21週では、シマケンとの恋と別れを通して、りんが看護婦として生きる道を選択するまでの過程が描かれた。小説家を諦めたシマケンから浜松で一緒に暮らすことを求められながらも、りんは患者の看護を途中で手放すことに迷い、最終的には「この手は患者さんに使いたい」と自分の思いを確かめる。一方、時代は進み、日清戦争の開戦によって、直美やりんたちの周囲にも戦争の影響が及び始める。朝鮮へ向かう竹内虎太郎(小林虎之介)や広島の陸軍病院へ赴く多江、出征を控える吾郎らを通して、看護の使命と大切な人の命を守りたいという思いが交錯した。
【以下、ネタバレ】
シマケンは小説の執筆に専念し、りんは弁当を届けるなどして支えていた。そんななか、帝都医大附属病院から、リウマチを患う男爵家夫人・宮川佳枝(相田翔子)の派出看護を依頼される。長期看護が必要なため、直美はりんを担当に指名。裕福な患者を看護することが貧しい人々への看護にもつながると説明した。
ある日、りんに思いを寄せてきた幼なじみの虎太郎は、りんとシマケンの仲睦まじい様子を目撃。リンの気持ちを知った虎太郎は、シマケンに「血反吐吐くまで努力しろ!」と活を入れ、りんの隣に立てる人間になろうと努力してきた自身の思いを語り、りんのことを託した。
その後、シマケンの小説が新聞で連載されることが決まり、りんは喜びのあまり、シマケンと手を握り合う。しかし連載開始の日、記事は広告主の親族である新人作家の作品に差し替えられていた。編集長の綿貫正平(小松和重)から「キミの書くものには強さがない」と指摘されたシマケンは、小説家を諦める。りんに「僕には無理だった」と告げたシマケンに、りんは「何者でもなくたって構いません。私には、ただ…いとおしい人です」と思いを伝えた。
ある日、シマケンの義姉・絹(金澤美穂)が浜松から訪ねてくる。夫・万太郎が事業に失敗して借金を残したまま戻らず、店も家も取られ、住む場所もなくなるという。実家に戻ってきてほしいと頼まれたシマケンは、りんに「僕と一緒に浜松に来てほしい」と告げるが、りんは返事を保留。看護の仕事を離れることに迷うりんに、シマケンは「僕たちは一緒に生きていくべきではない」と告げ、「りんさんには、りんさんのやるべきことがある」と伝えた。りんは一緒に生きたいとすがるが、シマケンは「りんさんの手は…大勢の人のために動くすてきな手だ」と語り、別れを告げて東京を離れた。
直美に背中を押されたりんはシマケンを追うが、患者の応急処置を優先したため間に合わず、部屋には何も残っていなかった。りんは「この手は患者さんに使いたいんだって…」と自分の選択を受け入れ、直美も「好き。私は、この手が好き」とりんを励ました。
シマケンとの別れから2年が経ち、戦争の影が忍び寄るなか、恵風看護婦会は制服を一新。明治27(1894)年の夏、直美が吾郎の出征を不安に思うなか、虎太郎が恵風看護婦会を訪ねてくる。朝鮮に駐留する軍に薬を納めるため、日本を離れることになったという。りんを心配させまいと「戦いに行くわけじゃない」と説明し、「人ができないこと、知らないことをすれば、その分、上にあがることができる。ツテも学もない俺が、努力だけでどこまでいけるのか試してみたいんだ」と語った。
一方、直美は貧しい遠藤平蔵(爆笑問題・太田光)の看護を継続。厳しさのなかにも愛情をもって接することで、平蔵と少しずつ心を通わせていた。戊辰戦争を経験した平蔵は吾郎を案じ、「生き残るんだったら手柄など立てようとせず、じっとしてるのが一番だ。死んじまったら意味もねえ」と忠告した。
そんななか、多江が恵風看護婦会を訪ねる。独身を貫いて看護の道を歩み続けた多江は、帝都医大附属病院の看護婦取締に出世。特志看護婦として志願して広島の陸軍病院へ赴くことになり、「傷ついた兵隊さんたちをしっかり看護して、看護の未来に貢献してきます」と語った。

