「二度と見つからなければいい」と願った日も
さらにこんな出来事がありました。放課後等デイサービスで保護者ボランティアを募集したことがありました。私は喜んで応募しました。息子がどんな風に過ごしているのか見たかったからです。
ところが、私を見つけた瞬間、息子は激しく拒否しました。この空間は、親はいないというこだわり、パターンを崩されたと感じていたのでしょう。
結局、ボランティア活動には入れませんでした。
通っていた障害児専門のスイミングスクールでもコーチのちょっとした言葉でパニックを起こし、息子はロッカーをボコボコにして窓ガラスを割って退会しました。
ある日、息子が迷子になった際、必死で探しながら心のどこかで「二度と見つからなければいいのに…」と思ったこともありました。
だから私は、「障害があっても大丈夫ですよ」と軽々しく言うことはできません。障害児の子育てには現実の苦労があります。きれいごとだけでは済みません。
一方で、私は今、息子が生まれてきたことを後悔しているわけではありません。もう一度産むとしたら「この子でもいいかも」とも思えるようになりました。
息子を育てたからこそ出会えた人たちがいます。知ることができた福祉の世界があります。そして何より、息子自身の成長があります。健常の子に比べたら小さなことですらできなかったことができるようになった日。少しずつ社会性が育ち、こだわりを自分自身で緩められるようになった日。親として喜びを感じる瞬間もたくさんありました。
人生は予測不能です。健常児として生まれても、不登校になるかもしれません。大きな病気になるかもしれません。事故に遭うかもしれません。誰も未来を完全に予測することはできません。
だから私は、出生前診断を受ける人に伝えたいのです。
受けることが悪いわけではありません。受けないことが正しいわけでもありません。ただ、知っておいてほしいのです。出生前診断で分かることはほんの一部だということを。
私の息子は出生前診断では「異常なし」でした。それでも自閉症でした。そして先述の通り、そんな息子をかわいいと思えない時期がありました。
けれど今振り返ると、それも含めて親子の歴史だったのだと思います。
親になるということは、思い描いた子どもを育てることではありません。生まれてきたその子を前にして、悩み、迷い、ときには涙を流しながらも、その子自身を受け入れていくことなのだと思います。
そして今、不安いっぱいだったあの頃の私に声をかけられるなら、こう伝えたいです。
「大丈夫。その検査を受けても受けなくても、子育ては思い通りにはならない。でも何とかなる。あなたはちゃんと母親になっていくから」
