未来の健康法は『父親の運動』?

「父が運動すると、その効果が子どもの健康にも届く可能性がある。」
今回の研究は、そんな不思議な話をマウスの実験で示したものです。
これまで私たちが知っている「遺伝」とは、DNAの設計図が親から子へと伝わる仕組みでした。
ところが、今回の研究が明らかにしたのは、父親が運動をするとDNAではなく、「精子の小さなRNA」が変化して子の体質が変わるという、DNA以外の経路による新しい遺伝のしくみです。
研究者たちはこれを「父親の生活習慣が小さなRNAという『生物学的なメモ』として子に伝わる仕組みだ」と説明しています。
そのため父親が運動を続けていると、その「運動のメモ」が子どもの細胞に伝わり、生まれてからの持久力や代謝(エネルギーを生み出す仕組み)が良くなると考えられるのです。
これは単なる理論や仮説ではありません。
今回のマウスの研究では、このRNAが伝える情報を実際に受精卵に注入することで、運動していない親から生まれた子どもが、あたかも親が運動していたかのような「スタミナ体質」を獲得することが確認されています。
言い換えれば、親が努力して運動すれば、その効果が子どもに「小さなRNAのメモ」を通じて伝わり、子どもの体を強化することがマウス実験で支持されたのです。
この研究がなぜ重要かというと、私たちが将来的に健康を考える際に大きなヒントになるからです。
例えば現代社会では、肥満や糖尿病などの生活習慣病が深刻な問題になっています。
こうした病気は、一度なってしまうと次の世代にもリスクが高まりやすく、親から子へと続く負の連鎖を生みがちです。
しかし今回の研究の成果から、もし人間にも同様の仕組みが存在するとわかれば、「父親が運動する」という比較的簡単な方法によって、この負の連鎖を断ち切れるかもしれません。
ネットやSNSでは生まれや親の優良さを「親ガチャ」と揶揄することがありますが、少なくともマウスではオスが努力することで特定能力の「子ガチャ」を有利にすることもできるようです。
もちろん、こうした考え方がすぐに人間に当てはまるわけではありません。
今回の研究はマウスを使った動物実験であり、人間での効果がまだ確かめられたわけではありません。
また、この効果が見られたのは父親から息子(雄の子)への遺伝であり、娘(雌の子)では運動父の条件で明確ではなく、PGC-1αを強く持つ父では改善が見られました。
男女の違いがどう影響するかなど、まだ解明されていない課題も多く残っています。
それでも、この研究が持つ意味はとても大きいのです。
これまでは子どもの健康を考える際、妊娠する母親側にばかり注目が集まっていました。
しかし今回の研究結果は、「父親もまた子どもの将来に大きく貢献できる」ことを示唆しています。
さらに、研究チームは今回のデータを広く公開しており、他の研究者が追加の実験や人間への応用研究を進めることを望んでいます。
今後さらに研究が進めば、子どもの健康や能力を高めるために、妊娠前の夫に運動を勧めるような新たな健康指導が登場する可能性さえあります。
未来の家族の健康を守るために、父親が運動するという一見シンプルな習慣が、次世代にとって大きな贈り物になるかもしれません。
元論文
Paternal exercise confers endurance capacity to offspring through sperm microRNAs
https://doi.org/10.1016/j.cmet.2025.09.003
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

