
映画「ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜」が10月24日に公開された。「ミート・ザ・ペアレンツ」「オースティン・パワーズ」のジェイ・ローチが監督を務め、「クルエラ」「哀れなるものたち」のトニー・マクナマラ氏が脚本を担当したこの作品。“夫婦げんか”と“ローズ家”というワードで思い浮かんだ人も多いと思うが、ウォーレン・アドラーの小説をマイケル・ダグラスとキャスリーン・ターナーの共演で映画化した「ローズ家の戦争」(1990年)を再映画化し、アップデートさせたものだ。公開されるや夫婦に共感する声や、ラストシーンに衝撃を受ける声がSNSなどに上がっている。(以下、ネタバレを含みます)
■ロンドンのレストランで運命の出会い
今回、ローズ家の夫婦を演じるのは、テレビシリーズ「ナイト・マネジャー」でゴールデン・グローブ賞を受賞し、アン女王を演じた「女王陛下のお気に入り」でアカデミー賞主演女優賞などを獲得したオリヴィア・コールマンと、ドラマ「SHERLOCK」でシャーロック・ホームズを演じ、ディズニープラスで配信中のマーベル作品でのドクター・ストレンジもハマり役のベネディクト・カンバーバッチ。
シェフのアイビー(コールマン)と建築家のテオ(カンバーバッチ)が「お互いの好きな点を10個挙げて」とカウンセラーに質問され、皮肉っぽく答えていくシーンで始まるが、2人はその14年前に運命的、情熱的な出会いがあって結ばれた。
ロンドンのレストランで仕事のミーティングに参加していたテオは、アイデアを否定されることに嫌気がさして席を立ち、怒りのやり場が見つからず、調理場に入って包丁を手に取ろうとした。ヤケになっているテオを止めたのが、そこにいたシェフのアイビーだった。アイビーはとっさに鮭のカルパッチョを食べさせたが、そのおいしさに怒りが消滅したのか、目が覚めたのか、まさしく運命の出会いという感じで、2人は恋に落ちる。
その勢いで結婚した2人はロンドンを離れ、アメリカ西海岸のカリフォルニア州メンドシーノへ。場所を変えたのが良かったのか、双子の子どもたちも生まれ、テオは先鋭的なデザインセンスを生かして仕事の幅を広げていった。移住して10年、彼の思いが込められた海洋博物館はその代表作となるはずだった。しかし、荒天の一夜が夫婦の運命を大きく変えてしまった。
テオが設計した建物は崩れ落ち、その様子をスマホに動画で収めようとする人たちに向かって必死に叫んでいる様子が拡散されてしまう。今どきのSNSの動画ということで面白おかしく加工され、ミーム化したものが広がっていき、テオの自尊心も完全に崩壊。
それだけであれば、もしかしたら妻のアイビーが支えてくれて、立ち直るきっかけを何かしらつかむことができたかもしれない。

■“荒天”で転落する夫…好転する妻
でも、そんな悪夢が舞い降りるとは思っていなかったテオは、まだ順調だった頃に、アイビーが料理の腕を振るうことができるようにと、シーフードレストラン“カニカニ・クラブ”を開業することを勧め、その準備も整えていた。客が大入りじゃなくても、アイビーのペースで料理を楽しんでくれればいい。そんな気持ちで始めたが、ちょうどその荒天の夜、著名な料理評論家が雨宿りのような感覚で不意に来店。
そして、その評論家がアイビーの料理を絶賛したことで、数カ月先まで予約が埋まる大人気店に。アイビーにとって、荒天の一夜は“好転”のきっかけとなり、テオの悪夢とは対照的な“幸運”が舞い込んできた。
それでも最初の頃はテオもアイビーの成功を心から喜んでいたが、建築の仕事がうまくいかず、仕事よりも子育ての時間のほうが多くなっていき、収入も夫婦で逆転。2人の間の溝は徐々に深くなり、それはアイビーもテオも痛感している。
壊れた夫婦仲を良くするために2人で旅に出るがうまくいかない。飛行機の中で、テオが紙ナプキンに描いた“理想の家”のデザインが、乗客乗務員にゴミと勘違いされて捨てられてしまうというハプニングもあった。アイビーの仕事は順調で右肩上がり。アイビーは見かねて、テオに家族のために理想の家を設計することを提案。じっくりと時間をかけて、こだわりを詰め込んだ家を3年かけて完成させるが、その間にも夫婦の間の溝は深くなっていた…。
アイビーにしても、仕事はうまくいっているが、全てにおいて満足しているわけではなかった。テオとの関係はもちろんだが、仕事が忙しくなってしまったことで、2人の子どもとコミュニケーションを取る時間がなくなり、子どもたちの成長をしっかりと見守り、見届けることができずにいた。そんな大切な時間を失ってしまっていたことを、子どもたちが成長して進学のために家を出て行くときに気付き、後悔の念が押し寄せるのだ。

■決して“離婚の過程”を描く物語ではない
“離婚協議”の場ではお互い譲り合おうとせず、交渉も決裂。そういうシーンでの表現や、夫婦げんかの場面もシリアスなだけではなく、ユーモアを感じられるところが本作の魅力と言える。“崖っぷち”の言葉通り、夫婦げんかに“銃”まで持ち出すほど過激なものになっている。
運命の出会いをした完璧な夫婦が招いた離婚の危機だが、“離婚”への過程を描くというのが主題ではなく、2人の“結婚生活”がやっぱりメインの作品だと感じた。
夫婦はお互いのことを考えて、助けたり、提案したりしてきた。2人の間の亀裂が大きくなり、思いやりの気持ちが希薄になっていく様子は、2人に共感というか、感情移入して見ている側にはつらくて切ない。ここまで派手なけんかじゃなくても、どんなカップルや夫婦にも起こり得ることかもしれない。「自分たちだったら?」と思いながら見る人も多いはず。それゆえに、“ラスト”の衝撃も大きい。
笑えて泣ける“共感度”の高い作品だからこそ、受け止めるメッセージも多いのではないだろうか。とはいえ、痛快なブラックコメディー作品なので、まずはたっぷりと楽しんでもらって、その後で“夫婦”や“永遠の愛”についてじっくり考えてみては?
既に鑑賞した人からは「2人が分かり合えないのがもどかしい」「チクチクやり合うシーンは最高」「崖っぷちだけどいい夫婦だなぁ。あんなふうに本音をさらけ出せるのが羨ましい」「落とし所が難しい作品だと思ったけど『そう来たか』って終わり方が好き」と言った声が寄せられている。
◆文=田中隆信


