漫才で舞台に立つことがリハビリに
川瀬 再び退院して、今後、何かがあったときに近くに誰かがいれば早く発見できるということで、一緒に住むことにしました。彼はいま、午前中に日常系のアニメを見て、その後、リハビリのために図書館で児童書を借りてきて音読するんです。
ときどきそれが聞こえてくるんですけど、「そのときゾロリは……」って、『かいけつゾロリ』読んでるやん!って(笑)。生活もしないといけないので、芸人が何人かやっているマンション清掃のバイトとかもしています。

――いまの体調はどのような感じでしょうか。
千葉 お医者さんからは回復してもMAXで70%くらいじゃないかと言われているんですが、いまのところはまだ10~20%程度の感覚です。
川瀬 一緒に暮らしていて、全然調子がいい日もあるんですよ。彼は入間国際宣言ではボケ担当なんですけど、少し言葉に詰まったときに、僕らが「しゃべるの遅いな」とか言うと、「仕方ねぇだろ」って0.5秒くらいで返してくるんです。ツッコミって脳を介さない、脊椎反射なんやなって(笑)。もうツッコミになったほうがええんちゃうかっていうくらい。
調子いい日と悪い日の差があって、いいときは70%くらい戻ってます。少ししゃべりが遅いくらい。脳の体力が減りやすいんですよね。僕らは“脳ポイント”って呼んでるんですけど、僕らの脳ポイントを100としたら、彼は10くらいしかなくて、脳ポイントが減ると会話の能力が落ちていくというのが現状ですね。脳の体力をどう回復させられるのかが課題です。
科学で解明しきれていない領域なので、いつ治るというのも言えないみたいで、すぐに回復する人もいれば、時間がかかる人もいるらしいです。
これは動画で見たんですけど、あるフルート奏者の方がなかなか脳梗塞から回復しなくて、吹くことで心拍数が上がったりするから演奏を控えていたそうですけど、「もうええわ」ってまた吹き始めたら、みるみる回復していったんですって。これも科学では解明できないんです。
ゴウくんのお医者さんは理解がある人で、今後も芸人をやっていくなら、早く復帰したほうがいいっておっしゃっていたので、僕の主催ライブで入間国際宣言に漫才をやってもらいました。多少怪しいところはありましたけど、つつがなくやれて、ちゃんとウケましたよ。しかも、その後2~3日は会話の調子もよくて。何の根拠もないですけど、やっぱり舞台で漫才するのっていいのかなって感じました。

――YouTubeに復帰後の漫才をあげていますよね。先日、M-1予選も1回戦を突破されて、おめでとうございます。(取材日はM-1予選1回戦の通過発表後。その後、2回戦も突破)
川瀬 以前は大きな声と動きで見せるタイプだったので、そのぶん演技が大げさになるところもあったんですけど、いまはそれを抑えてやるようになって、周囲の芸人からすると、むしろ面白くなったっていう評価なんです(笑)。そういういい“副作用”がありました。
――ウケていましたが、久々に賞レースのお客さんの前で漫才した感触はどうでしたか?
千葉 結構ギリギリだったので、「いま何をやっているんだろう」というのが本音でした。「早く終われ」って。
川瀬 やりたくないんか(笑)。
千葉 「どうも~」って出ていくんですけど、目の前に壁がある感覚でした。
川瀬 健常やったときに、入間国際宣言として漫才をしていたときの感覚が壁になっている感じ? 僕らが主催のときは、お客さんは千葉ゴウのことを知っているし、ここまでの経緯もご存知なので温かかったですけど、M-1の1回戦や普通の寄席にも少しずつ出ていて、そのときも、何なら入間(国際宣言)よりちょっとスベっているヤツいるな、くらいはウケています。
千葉 (笑)
川瀬 そういう芸人は、ホンマに恥じたほうがいいですね。だから、千葉のことを知らなくても何となくウケるレベルにはもっていけたんじゃないかなと。スゴいと思いますよ。
――やっぱり、舞台で漫才することがいい作用を及ぼしているのかもしれないですね。
川瀬 でも、どうなの? 通常のリハビリだけじゃなく、ときどきお笑いの舞台に立つっていうのは。
千葉 それは、いちばんいいと思いますね。舞台に立ったり、YouTubeをやったり……。復帰しただけで、ひとつのゴールです。
川瀬 こういう記事とかをきっかけに、脳梗塞になった芸人がどこまで復帰できるのかを世間の皆さんに見ていただいて、さらに、M-1 の3回戦までいければ、(漫才の)動画も見てもらえるわけですよ。それを見て、「こいつ脳梗塞らしいぞ」ってなれば、YouTubeも伸びるだろうし、そこで認知されれば、吉本お得意の講演会も回れると思うので(笑)。
――太い道が開けましたね!
川瀬 ゴウが考えている目標はあるの?
千葉 講演会は興味があって、ほかの人にも勧められたことがあるので、いま日々の日誌を書いています。

川瀬「死んでほしくないから」
――川瀬さんは、最初に千葉さんが脳梗塞と聞いてどう思いましたか?
川瀬 他事務所の芸人さんでも、ときどきあるじゃないですか。だから、そういう年齢になったかというのもありましたし、こんな生活をしていたら、いつでも、誰でも、こういう事態になりうるんだとも思い知りました。そこからは、まわりにめちゃくちゃ言うようになりましたね。死んでほしくないから。
パピヨンの千葉恵くんっていう太った同期の子がいるんですけど、普通に夜中にピザの出前をとるから、心を鬼にして激しく叱責しました。(ピン芸人の)大谷健太さんもお酒をすごく飲むので痛風気味なんですよ。なのに、その薬をハイボールで飲んだりする。
周囲の後輩芸人たちは「何してんすか~」とかで終わるんですけど、僕はブチ切れています。「おもんないで」「知らんで」って。「怒らんでよ~」とか言われますけど、そこは怒ります。
――お父さんみたいですね(笑)。
川瀬 だって、あのノリはホンマにやめておいたほうがいい。一般の人だったら引くノリじゃないですか。でも、(千葉が)芸人を続けてくれたのは、ぶっちゃけ奇跡ですね。もうちょい騒がれていいくらい奇跡です。
だからね、ネットニュースも千葉ゴウの復帰こそ、もっと取り上げるべきなんですよ。脳梗塞になった芸人の復帰って、めちゃくちゃ勇気を与えますから。
――しかも、舞台復帰ですもんね。
川瀬 結構快挙やと思いますよ。芸人は、一般社会に比べて、いまの病状とかも大っぴらにイジれる環境がいいなと思いますね。逆にこいつも気遣いがなさすぎて、一緒にゲームをやっていて僕がボコボコにすると「川瀬も脳梗塞になればいいのに」とか言うんですよ。それは違うやろって(笑)。
千葉 いや、ボケですけどね(笑)。
川瀬 今回のことでもうひとつ感じたのは、やっぱり、何かあったときに頼りになるのは、近くにいる芸人仲間だということ。千葉は天邪鬼なので、素直に「ありがとう」「ごめんなさい」が言えない性格なんです。でも、「ありがとう」はちゃんと言えよと。そうしないと、まわりから誰もいなくなるよとは言いました。
お見舞いに行って「大丈夫か?」って声をかけても「おぉ……」って。そこは、まず「ありがとうやろ」って病院で説教したら、帰ったあとにLINEで「ありがとう」って送られてきました(笑)。これは、いい歳したおじさん芸人全員に言いたいです。「ありがとう」はちゃんと言おうと。

最後に、取材場所の吉本興業東京本部の中庭に出て、写真撮影に応じてくれた千葉と川瀬。ベンチに並んで撮影を終えると、千葉が川瀬に「ありがとう」とポツリとつぶやき、川瀬がニヤリと破顔したのが印象的でした。
多くの仲間たちに支えられながら、千葉は一歩一歩、“完全復帰”に向けた歩みを進めています。