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松田次生、スーパーGT引退を決意させたのは”25勝目”という数字だったと明かす「目標を達成し、緊張の糸が切れた」

松田次生、スーパーGT引退を決意させたのは”25勝目”という数字だったと明かす「目標を達成し、緊張の糸が切れた」

今季限りでスーパーGTからの引退を発表した松田次生(#24 リアライズコーポレーション ADVAN Z)が、スーパーGTの今季最終戦、そして彼にとってスーパーGTでの最後のレースとなる「MOTEGI GT 300km Race」の金曜日に記者会見を開き、引退を決断した経緯などについて語った。

 松田は2000年、まだシリーズの名称が全日本GT選手権だった頃のデビュー。その1年目はTEAM TAKE ONEのマクラーレンF1 GTRを駆ったが、その翌年からはホンダ陣営の中嶋企画に移って活躍し、2006年からは日産陣営に移籍。先日行なわれたSUGO戦で、通算25勝目を記録した。この25勝という数字は、2位に大差をつける、スーパーGTの通算勝利数の最多記録である。

 その松田は、今季限りでのスーパーGT引退を決めた。それには、この25勝という実績が関係しているという。

「なんで辞めるんだという声もあると思うんですけど、25勝という目標を達成できたということもあって、シリーズを卒業したいなと申し出て、ニスモと話し合いをして、卒業するということになりました」

「今回のもてぎが最後になりますが、うまくいけば26勝できるかもしれませんし、リタイアするかもしれません。でも今回はデビュー戦の時のような初々しい気持ちで、挑んでいきたいと思います」

 そう松田は語った。

「僕の中では、25勝するという目標を立てて、それに向けて精一杯やっていました。目標がある時って、人は結構、がむしゃらに進んでいくことができるものだと思います。勝つために何をすればいいかということばかりを考えていました。でも実際に25勝を達成した後に、緊張の糸が切れたという部分もありました」

「もうひとつは、(名取)鉄平がそのレースで、すごいオーバーテイクを見せてくれた……その走りを見た時に、若い選手にバトンタッチしてもいいんじゃないかと思えたということもありました」

「そしてKONDO RACINGと横浜タイヤで一勝するという目標も達成できたので、引退したいという話をさせていただきました」

 松田曰く、ドライビングに関しての自信を失ったわけではないという。今後も、スーパー耐久や世界各国の耐久レースなどへの挑戦は続いていくようだ。しかし、スーパーGTというプレッシャーのかかる環境で戦い続けることに限界を感じたという側面も、引退を決断する要素のひとつにはなったようだ。

「自分ではまだやれると思っています。ドライビングだって、負けたわけじゃないです。レーシングドライバーを引退するわけではありませんからね」

「ただ、長年スーパーGTを戦ってきましたが、神経をすり減らしますし、メンタルも体力的にも厳しい部分があります。46歳になって、20代の時と同じだけのトレーニングができるかと言えば、できません。気持ちの部分で、もうこのプレッシャーには耐えられないだろうなというのも正直あります」

 25勝を達成するために、25年半という年月を費やしてきた松田。その間、様々な記録を達成することにこだわってきたというが、それでも長い長い25年間だったという。

「今日ここにいると、25年ってアッという間だったなと思うところもあります。でも冷静に振り返ってみると、よくここまで戦ってきたな……今までの思い出を振り返ると、長かったなという感じもします」

「とにかく勝つことと、記録にこだわってやってきました。25勝目を挙げたことで、GTでのポイント獲得数も、表彰台の回数もトップになることができました。それを自分でも、よくやったなと思っています」

 松田は今回のレースを最後にドライバーとしてはスーパーGTから退くものの、その魅力を伝えるための手助けをしたいと、熱く語った。

「スーパーGTにいらっしゃるお客様が、少しずつ減ってきているというのが現状です。でもスーパーGTの魅力を伝えたりする上で何かお手伝いできることがあれば、ぜひお声がけいただきたいです。後進が活躍できる場を、もっと作っていかなければいけません」

「引退したドライバーも含め、皆で作り上げていかないと、このシリーズはどんどん厳しくなっていってしまうと思います。ドライバーとしては降りますけども、スーパーGTを盛り上げるためのお手伝いができればなと思っています」

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