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米批評家の胸を引き裂いた 『ハムネット』の夢幻体験  (vol.77)

米批評家の胸を引き裂いた 『ハムネット』の夢幻体験 (vol.77)

第38回東京国際映画祭の最終日を飾るクロエ・ジャオ監督の最新作『ハムネット』。トロント国際映画祭では、ギレルモ・デル・トロ監督の『フランケンシュタイン』を抜いて観客賞を受賞。注目度No.1の映画の凄さは、批評メディアのインディワイヤーほか米批評家が、胸を引き裂かれたと表現するほどの稀な感動作。原作者と共同で脚本を立ち上げた女性監督クロエ・ジャオの力量は、女優ジェシー・バックリーの名演技とともに、すでに来年のオスカー候補として騒がれている。シェイクスピアの名作誕生の舞台裏を描いた映画『ハムネット』をこのコラムでもいち早くご紹介。

映画を待てない人は原作「ハムネット」が必読!

約400年前のシェイクスピア家の悲劇の史実を歴史小説として綴ったマギー・オファーレル著、「ハムネット」(新潮社 小竹由美子訳)。名戯曲「ハムレット」のタイトルの由来がシェイクスピアの息子ハムネットの名前だったことはあまり知られていない。シェイクスピアが生きたエリザベス朝の名前の呼び名はゆるかったそうで、妻の名前はアン、アグネス、アニエスとどれも同じ人の呼び名だったそうだ。ハムレットとハムネットが同じ人の呼び名だということに、なるほどと納得させられる。

だが、この小説で燃え上がる激しい母の愛については、リサーチの必要はなかった。2018年刊行の回想録『 I Am, I Am, I Am (原題) 』のなかで、オファーレルは娘の一人が極度のアレルギーに悩んだときのことを綴っている。

エンターテインメントウィークリー誌のインタビューによると、ハムネットについては史実上、11歳で死んだこと以外はほとんど資料が残っておらず、マギーは高校性の時、すばらしい教師からハムネットのことを学び、シェイクスピアの息子を中心に物語を書きたいと思いながらも、書けずに何度も中断を繰り返していた。しかし自らの臨死体験をシェイクスピアの妻アネットの悲痛を中心に描くことで小説「ハムネット」の方向性がようやく見えたのだそうだ。

「ハムネット」を書く上で大事だったのは、どこから芸術が生まれるのか、なぜ私たちが芸術を必要とするのか、物語を書くのか、映画をプロデュースする必要があるのか、そして、それらを観客として視聴する必要があるのかなどを問うこと。この作品を書けると思ったのは、シェイクスピア作品が永遠である理由を確信したからだそうだ。作家マギー・オファーレルは、主人公をシェイクスピア本人でなく、あまり知られていないにもかからず、噂の多い年上の妻アグネスを中心に史実を膨らませ、この力強い歴史小説を誕生させたのである。

スピルバーグのアンブリンが映画化権取得

2020年に刊行した「ハムネット」が英女性小説賞ほかを受賞し、スティーブン・スピルバーグのアンブリン社が映画化権を取得。監督に抜擢されたのが『ノマドランド』でアカデミー賞を受賞した監督クロエ・ジャオ。10月5日、トロント映画祭での好評を受けて、ロサンゼルスのCAAでプレス試写。監督クロエ・ジャオと女優ジェシー・バックリーとともに舞台に登壇して会見した 。

著者撮影

” 映画は知られざる世界に入り込む旅 “

「この作品を完成させるための私の旅は知られざる世界に入り込むことから始まりました。それは、この映画のエンディングが見えていなかったからです。脚本の段階では、最後のクライマックスは大まかなことしか書かれていなかったのです。しかし、この作品を映画として表現するためには、リニアで順序立てられた表現ではなくて、スパイラル、連鎖的に次々に物事と人がつながっていくように語らなくてはならないと思ったからです。撮影残り4日前に、これだ ! と気がつきました。ラストはこうあるべきではと撮影の流れから感じていて、誰にも話していなかったのですが、ジェシーも同じことを感じていたようで私たちは同じ鼓動に導かれていました。カタルシスが彼女自身の体に宿るかのように、私と役者との信頼関係の上で、この映画のラストシーンが生まれたのです。」

著者撮影

” ジェシー・バックリーもジャオ監督と以心伝心 “

「この映画の作曲家であるマックス・リヒターの音楽「On the Nature of Daylight」を聴いていて、それをクロエ監督に送り、まるで、潮の満ち引きによって派生する波に飲み込まれるようにこの役に入っていきました。それも、シェイクスピアを産んだあのロンドンのグローブ座の舞台で、演劇のパワー、舞台に立つ役者と大勢の観客が一体になる中で息を吸い、そして吐き出し、アグネスが一人では耐えられない悲しみの喪失感からの癒しをその演劇の空間の中で感じたのです。それは人として生きることの極限の狭間で、それがシェイクスピア作品の深く洞察された人間心理なんだと実感したのです。」と監督に導かれた役を超えた自身の夢幻体験を赤裸々に語っていた。

” 原作を脚色するプロセスについての質問に対して “

「原作はハムネットの最後の日の出来事になっていて、ノンリニアでフラッシュバックで物語が語られます。でも映画の場合はそうすると、モーメンタムが消えてしまうので、マギーが最初に脚本をリニアに書き直して、私がそれを書き改め、最後はNYからロスの4時間の列車の中で一気に最終原稿を完成させました。私は英語のネイティブスピーカーではないので、マギーが書いた脚本に関して、私がボイスメールを送って変更を加え、彼女の原作を踏まえた視点があったからこそ、この脚本は完成できました。自然と共生して生きた先住民族が語り手となることの立場をわきまえていたように、この脚本も、私がこう書くのだと決めるのではなく、物語があなたを探しあてるかのように、最初は小さく耳にささやきかけ、最後はハリケーンのように怒涛のように押し寄せる感じでやってきました。そうなって初めて、私がその天からの声に応えるときで、私はただ物語を伝える上での執事のようなもの。」とあくまでも謙虚な姿勢で、彼女が公表している自らの発達障害、ニューロダイバージェント(神経多様性障害)によって、人よりも過剰に刺激を感じる性質だからと、自ら監督として俳優たちの多様な感情を事細かく読み取り、それを全て受け入れた成果がここにあるのだと、映画のみならず、会見そのものが神秘的で憂いがあった。

そして、そのあとのレセプションでも、隣でしくしく泣いていた男性陣も映画を見終わったあとの余韻冷めやらぬまま、監督に映画を観終わったあとの感動を伝え、ジャオ監督は「私も大切な人を失った悲しみの底にいたから、物語が私を語り手として選んでくれただけ。」と別世界から返事をするような静かな語りで、感動冷めやらない観客とジャオ監督の会話に大勢の観客が耳を傾けていた。

文・写真 (一部) / 宮国訪香子

作品情報 映画『ハムネット』

舞台は16世紀イングランドの小さな村。薬草の知識を持ち、不思議な力を宿したアグネス・シェイクスピアと、作家としてロンドンで活動する夫ウィリアム・シェイクスピア、そして3人の子どもたちが描かれる。夫がロンドンで働くため、父親不在のなかで子どもたちを守り奮闘するアグネスだったが、やがて不運にも11歳の息子ハムネットを失う。

監督:クロエ・ジャオ

製作:スティーヴン・スピルバーグ、サム・メンデス 

出演:ジェシー・バックリー、ポール・メスカル、ジョー・アルウィン、エミリー・ワトソン 

配給:パルコ ユニバーサル映画   

©2025 FOCUS FEATURES LLC.

2026年春 公開

イベント情報 「第38回東京国際映画祭」

開催期間:2025年10月27日(月)~11月5日(水)

会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区

◆オープニング作品
『てっぺんの向こうにあなたがいる』
監督:阪本順治
2025年10月31日(金) 公開
公式サイト teppen-movie
©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

◆センターピース作品
『TOKYOタクシー』
監督:山田洋次
2025年11月21日(金) 公開
公式サイト movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/
©2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会

◆クロージング作品
『ハムネット』
監督:クロエ・ジャオ
©2025 FOCUS FEATURES LLC.

公式サイト tiff

配信元: otocoto

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