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奥山由之 監督が語る 『秒速5センチメートル』 新海誠への敬意と18年の時を経て再び響く“誰かを想い続ける痛み”

奥山由之 監督が語る 『秒速5センチメートル』 新海誠への敬意と18年の時を経て再び響く“誰かを想い続ける痛み”

1991年、東京の小学校で貴樹と明里は出会い、心を通わせる。卒業と同時に明里は引っ越してしまうが、離れてからも文通を続ける。中学1年の冬に再開したふたりは、「2009年3月26日、またここで会おう」と約束を交わす。2008年、東京で働く貴樹は人と深く関わらず、閉じた日々を送っていた。そんな時にふと胸に浮かぶのは、色褪せない風景と約束の日の予感。そして明里も、あの頃の思い出と共に、静かに日常を生きていた。

大切な人との巡り合わせを描いた、淡く静かな、約束の物語。

新海誠の劇場アニメーション『秒速5センチメートル』(2007) は、公開から18年たった今も日本のみならず世界中で愛されている不朽の名作である。“新海ワールドの原点”との呼び声も高い本作がついに実写化される。主人公の遠野貴樹に松村北斗、篠原明里に高畑充希を迎え、他に多くの実力派俳優陣が結集したこの劇場用実写映画『秒速5センチメートル』は、『アット・ザ・ベンチ』などで知られる奥山由之の初の大型長編商業映画監督作となった。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『秒速5センチメートル』の奥山由之監督に、本作品や映画への思いなどを伺いました。

個人的であるからこそ普遍的な作品に

池ノ辺 映画『秒速5センチメートル』が公開されました。

奥山 公開初日に僕も映画館で観たのですが、お客さんの表情がすごく良くて、観終わった後も、皆さん本当にいい空気感で作品を迎え入れてくれるような感じでしたので、まずはとても嬉しく思っています。

池ノ辺 そういう皆さんの反応は本当に嬉しいですよね。よかったです。ではまず、今回の『秒速5センチメートル』の実写映画に関わることになった経緯をお聞かせください。

奥山 僕が連絡をいただいた時には、すでに脚本は第1稿くらいまではできていたので、そこから一緒に進めていったという感じです。

池ノ辺 プロデューサーの玉井 (宏昌) さんからお声掛けがあったそうですが、一緒にやりませんかと言われた時は、どんな気持ちでしたか?

奥山 まず「あの作品が実写化されるんだ」という驚きがありました。初めて作品を観た時に僕はまだ高校生で、本作のオファーを受けた時には33歳になっていました。その33歳という視点で改めて観てみると、高校生の時にははっきりとは理解できていなかったもの、たとえば3章目あたりの、主人公の大人になることへの惑いなんかもリアリティをもって感じられたんです。ですから今の自分を重ね合わせて描けるんじゃないかと、ぜひ参加したいと思いました。

池ノ辺 では、オファーされた時にはもう何かイメージが湧いていたんですか。

奥山 具体的に何か画が浮かんでいたとかはないんです。ただ、僕が思ったのは、この原作というのは私小説的なものではないかということです。遠野貴樹という主人公が、大人になっていく過程で心の拠り所というか心の故郷のようなものを探し求める。都会の喧騒をさまよいながら自分にとっての原風景がどこにあるのかを探していく。そういう物語だと思うんです。ですから、作り手である僕たちも、自分にとっての原風景は何かを求める、そういう意識をこの作品に宿していかなければいけないんじゃないかと思いました。

池ノ辺 それはどういうことですか。

奥山 イメージでいえば、作り手である僕ら自身が、それぞれの心の中で大切に抱き続けてきた情景、原風景、あるいは強い思い、そうしたものを自らの内に掘り起こして、作品に練り込んでいく。そうすることによって、私小説的な、非常に個人的な原作を普遍的な作品として描くことができるんじゃないか、そう考えました。原作であるアニメも、貴樹自身の非常に個人的であり、ある意味些細なことを取り上げて、その内なる宇宙を掘り下げていくことで、逆説的に、誰もが心のうちに思い当たるような情景、思い、そうした普遍的なものにつながっていく、そういう作品だと思っています。ですから、この作品の制作にあたっては、一つの仕事という意識で関わるのではなく、いかに僕らの個人的な思いを背負って集まり、作り上げることができるか、そこがものすごく大事なポイントだとイメージしていました。

池ノ辺 なるほど。新海誠監督にもお会いしたんですよね。

奥山 撮影前には1度しかお会いしていないのですが、その時は「奥山さんのことを作り手として、一人のライバルだと思っています」と言ってくださいました。もちろん自分たちとしては原作の枠に収まらないようなものを作りたい、そういう思いがあったわけですが、「奥山組なりのものを作っていいですよ」と信頼して背中を押していただいた、そんな時間でした。

池ノ辺 それは自信にもなりますよね。

奥山 原作のアニメーションを一緒に観て、このシーンはどういう思いで作ったのか、などを話してくださったんです。「もう20年近く前に作った作品なので覚えていないこともあるんだけど」とおっしゃっていましたけれど、それでも新海さんが話してくださる時に、創作を始めたばかりの少年のような純真な輝きをその目の奥に見つけて、こちらまでワクワクする気がしました。そこで話してくださったことは今回の各シーンにもずいぶん反映させていただきましたので、撮影前にそういう貴重な時間をいただけたというのは、すごくありがたかったし光栄でした。

無意識の人間味が撮れてこそ実写の意味がある

池ノ辺 今回、監督にお話を伺う前に幼少期の篠原明里役の白山乃愛さんにもお話しを聞いたのですが、撮影の前にワークショプをされたそうですね。

奥山 僕らがカメラを構えて撮影を始める前に、僕らのことを信頼して心を許して落ち着いて撮影に臨めるように、まずは一緒にゲームをしたりご飯を食べたりというところから始めました。

池ノ辺 ワークショップというのは?

奥山 一緒に街を歩いている人たちを見て、「あの人たちが脚本に書かれたお芝居をやっているんだと思って観察してごらん」と子役の二人に言いました。二人は「すごくうまいと思う」と言うので、じゃあ、あの街の人たちと、ドラマや映画で見るお芝居とどこが違うんだろうか、といろいろ話しました。また、「友達が自分に向かって脚本のセリフを覚えて話していると思って観察してごらん」という宿題を出して、後で思ったり考えたりしたことを話したりしました。さらに、二人が話しているところをこっそり撮影しておいて、「う〜」とか「あ〜」という澱みの音も含めてその会話を脚本におこして、セリフとして覚えて二人に演じてもらうということもしました。それを最初の、演じていない時の録画と比べて何がどう違うのか、その差異を埋めるにはどうしたらいいのか、つまり、撮られていると知らないで話していた時の自然さというのはどうしたら演技に取り入れることができるのか、そんなことを話し合いました。その後でようやくこの作品の脚本に取り組んだんです。

池ノ辺 素晴らしいですね。あの二人の自然な会話、お芝居はそこから生まれたんですね。今回、そうしたワークショップをやろうと思ったのはどうしてですか。

奥山 アニメーションを実写にすることの意義ってなんだろうと思った時に、実写でしかあり得ないある種の偶発性、無意識の中で自然に表面に現れてくるものなんじゃないかと思ったんです。つまり、実写で人間が演じるときに、役者それぞれが無意識でしているような行動とか表情、たとえ生まれて10年ちょっとの子役たちであってもその年数に身体に蓄積されたそれぞれの癖のようなもの、そういう人間味が写ってこそ実写の意味があると思ったんです。じゃあ、それをカメラの前で引き出すためにはどうしたらいいのか。やはりいかにリラックスした状態で演技ができるかが大事だろうと思い、そのために試行錯誤して考えた末、今回のようなプロセスをたどったわけです。

池ノ辺 見事な結果になっていました。監督は、主演の松村北斗さんと同世代だそうですね。

奥山 そうです。僕らが今いる30歳前後というのは、人生の中間地点に当たるのではないか。その中間地点で、過去への未練と未来への不安が混在して、理由のわからない不全感みたいなものを日常の中で、肌で感じている世代だと思うんです。それは本作の大人時代の貴樹も同じだと思って、そのリアリティを自分たちが持ち得る今のこのタイミングでこの作品に出会えて、一緒に制作に臨めたというのは、すごく幸せな出会いだったと思います。

池ノ辺 撮影の前には、台本のほかにものすごい量の資料が配られたと聞きました。

奥山 テキストブックとムードボードを冊子にして製本して配りました。テキストブックには、1990年代、あるいは2000年代、その時代がどんな社会だったかとかある登場人物が働いている会社はどんな会社かとか通っている学校はどんなだったかとか。あるいはサーフィンや弓道はどういうものかとか、とにかく劇中に登場する物事をできる限り深く理解して共有できるような情報をまとめました。さらに登場人物20数名分の人生について、劇中には描かれていない前後の人生がどんなものかなど、それぞれの人生、たどった歴史を事前に読んでいただいて、その人物を身体に取り込んだ上で演じてもらう。それによって先ほどお話しした偶発性みたいなものが出たとしても、それが役柄から大きくずれることなく出せるんじゃないかと思ったんです。

池ノ辺 それは準備が大変でしたね。

奥山 確かに、今回のスタッフ・キャストの皆さんは、あらゆる細かい点でそれぞれがプロフェショナルとしてこだわってくださって、しかもそれは撮影現場だけでなく撮影に入る前の段階から準備して、じっくり時間をかけて密度の濃い会話などを通してコミュニケーションを積み重ねてくださって、その結果として撮れたものだと思っています。映画を作るというのは本当に大変だと、当たり前なんですが改めて実感しました。でも、こうした細かなこだわりの積み重ねによって初めて立ち現れてくる感動みたいなものが、確かにフィルムには映るんだと思うんです。それを信じている人たちが集まってくれた、そのことにすごく幸せを感じていますし感謝しています。

配信元: otocoto

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