復活する脳への直接的なアプローチ技術

現在、前頭葉全体を対象にするようなロボトミー手術は、非人道的として行われていません。
しかし当時の医学水準からすれば、ロボトミー手術にノーベル賞が与えられたのは、わからなくもありません。
当時の精神病は、日本ならば「狐憑き」西洋であれば「悪魔憑き」きなどの言葉に代表されるように、人間に手が出せない領域だと考えられていました。
ですがロボトミーの開発によって、精神病は神や悪魔の領域から人間が操作し得る「医学」に変化し、人々の意識は大きく変わったのです。
ロボトミー手術が現在だけでなく当時であっても人道的に問題があると認識されていたのは事実です。
また医学的効果以外に、患者を管理する病院の意向がロボトミー手術を押し広めたのも間違いないでしょう。
ただ、一面的にロボトミーを全否定していては、当時の人々がなぜ重大な副作用を無視してまで、ロボトミー手術に熱狂したのかは理解できないままです。
誰もが称賛するノーベル賞をとった素晴らしい技術が、重大なリスクをかかえているかもしれない可能性は、現代にも当てはまるからです。
ロボトミーへの熱狂的支持から熱を奪った冷静さを学んでいなければ、人類は同じ過ちを繰り返す確率は格段に高くなるでしょう。
一方で、近年、脳に対して影響を与えて精神状態を改善するというアイディアは再び見直されるようになってきました。
もちろん、過去のロボトミーのような人格を破壊する手術ではありません。
てんかんなど命にかかわる激しい脳の症状に対して、脳に埋め込んだ電極から電気刺激を行うことで、症状を抑制するのです。
また最新の研究では、うつ病患者の脳で快楽と喜びを発生させるポイントに電極を刺し込み、うつ病の兆候を察知する制御チップによって自動的に電気刺激することで、患者のうつ病をほぼ完璧に抑え込むことに成功したと報告されています。
精神外科は流行の山と禁忌の谷を越えて、再び人々の前に有望な技術として現れつつあります。
参考文献
Lobotomy: Definition, procedure and history
https://www.livescience.com/42199-lobotomy-definition.html
元論文
António Egas Moniz (1874–1955): Lobotomy pioneer and Nobel laureate
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4291941/
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

