1991年に創設された「イグノーベル賞」は、本家にあたるノーベル賞のパロディー版として「人を笑わせ、考えさせた研究」に与えられる賞である。過去には「バナナの皮を踏むとなぜ滑りやすいか」を解明した研究が受賞するなど、毎年、独創的でユーモラスな爆笑研究が世界的に脚光を浴びてきた。
そのイグノーベル賞で2024年の生理学賞を受賞したのが、東京科学大学の武部貴則教授らによる研究だった。「多くの哺乳類が肛門呼吸できることの発見について」と題された研究は、ドジョウが腸を使って呼吸できることにヒントを得て、哺乳類も水中などの低酸素環境において肛門から呼吸できることを、マウスやラットやブタなどを用いた動物実験で実証したものだ。
「肛門呼吸の秘められた可能性を信じてくださったことに感謝いたします」
授賞式当日、研究の発端となったドジョウの帽子をかぶって登壇した武部教授がこう挨拶すると、あまりにも突飛でユニークなアイデアに対する称賛を含め、会場は割れんばかりの拍手と爆笑の渦に包まれた。
もっとも、武部教授らによる研究は、イグノーベル賞受賞やウケを狙って行われてきたものではなかった。実はその後、人間における肛門呼吸の可能性を探る臨床試験が秘かに実施され、つい最近、その結果が世界的に有名な医学雑誌で論文発表されたのである。
臨床試験は健康な日本人男性27人を対象に行われ、高溶解性の酸素運搬液を肛門から直腸内に浣腸し、結腸内における腸管換気の忍容性や安全性が確かめられた。
結果は27人のうち20人が60分間、酸素運搬液を肛門から漏らすことなく腸内で保持することに成功。深刻な有害事象もみられなかった。
今回の試験結果を踏まえ、今後は「腸管換気によって血中酸素濃度をどれだけ改善できるか」を確かめる臨床試験が計画されている。
忍容性や安全性に続いて「効果」が実証されれば、重症呼吸不全患者に対する呼吸サポートをはじめ、新たな治療の可能性が広がってくる。イグノーベル賞を受賞した「爆笑研究」は、ひっそりと実用化への道を歩んでいたのだ。
近い将来、人間は肛門を介して呼吸ができるようになるかもしれない。
(石森巌/ジャーナリスト)

