日本においてハロウィンは、若者らがコスプレで盛り上がる「大ハシャギ仮装イベント」と化している。実は江戸時代にコスプレ姿で物を売り歩く、今の時代では消滅してしまった珍商売がある。
以前にこのサイトで紹介した珍商売といえば、ふんどしをレンタルする「損料屋」や、市中を練り歩き、猫のノミ取りをする「猫のノミ取り屋」などがあるが、そのひとつにヤバそうな名称のものが…。
文化末から天保初期にかけて爆発的に流行した「おまんが飴」「お万が飴」だ。お万が売り歩くからであり、別に変な想像をかき立てる代物ではないが、売り子の姿、形を含め、その売り方が実に変わっていた。実は売り子は女性ではなく、女装した男性だったのだ。しかも太った中年男が多かったというから…。
その太った中年男が女性の声で口上を言い、変なポーズを作り、踊りながら市中を練り歩いたという。かつて売れたお笑い芸人の小梅太夫が、飴を売る歩くようなイメージか。江戸時代にあって、遭遇した人はさぞやギョッとしたことだろう。
もともとは四谷鮫ケ淵に住んでいた屋根職人が始めた商売といわれるが、これが江戸庶民にバカウケし、お座敷芸として人気を博したという。天保10年(1839年)の歌舞伎・中村座の「岩井歌曽我対面」では、のちの中村歌右衛門が舞台でお万が飴の所作を披露し、歌川国芳や歌川国貞ら人気絵師までが浮世絵として描いたという。まさに一大ブームの到来だった。
ただ、このブームは公序良俗に触れて、長くは続かなかった。今でいう「風営法」のようなものにひっかかったからだ。異様な風体での商売を禁じる「異体商売禁令」のお触れが出たことで、お万が飴売りは続々とお咎めを受け、いつしか下火になった。
現代ならば、お万が飴売りがハロウィン当日に渋谷のスクランブル交差点にでも登場すれば、かなりの売り上げがあったかもしれない。
(道嶋慶)

