ボタン以外のデバイスの進化は
――格闘ゲームのコントローラーでは、レバーコントローラーも人気が根強いですが、レバーそのもののアイデアなどはあるのでしょうか?
実は取り組みたいとは思ってます。例えば、ボタンを上から押すだけではなく、横から触っても反応させられるようにしたデバイスなどは、使い方を変えればレバーにもなるんですよね。結構形状を自由にできるんで、「ボタンが付いてるレバー」なんかも作れます。
あとは、例えば格闘ゲームの必殺技を出すときに要求される方向入力が、指でなぞるだけで入力できるみたいなのはやってます。あと、3Dプリンターと導電性のボタンを使うことによって、将来的には“印刷したらもうコントローラーができてる”ってぐらいのやつができたらいいな、と。まぁそれはちょっと野心的すぎるんですが。
――さまざまなアイデアがあるんですね。……それこそコントローラーメーカーと共同で開発したりする未来もありそうです。ちなみに、費用はどのくらいかかっているんでしょう?
材料費だけで考えたら子どものお小遣いぐらいですかね。一人でやっているので、あとは私の手間賃かな。3Dプリンタと私の労力がそのまま生産能力に直結してます。
――今、特に開発に注力しているデバイスはありますか?
特に力を入れて開発しているのは、クラウドファンディングのコミュニティで話題に登ったものですかね。例えば、この渦巻き型のデバイスは、「ボタンを上から押すのではなく、握り込むように使いたい」という、私の開発コミュニティに参加してくださっている方の声から着想を得て生まれたんです。こういったアイデアは自分では思いつかなかったかもしれませんし、コミュニティで話し合いながら形にしていくプロセスそのものが非常に価値がありますし、楽しいですね。
――なるほど。コミュニティからのリアクションが重要だと。
私も決まったキャラクターしか使わないので、特定のキャラクターやデバイスに偏った視点しか持てないんですよね。だからこそ、様々な人の意見を聞いて、より良いものを作っていきたいと思っています。
ゲームが好きだからこそ、わかることがある
――ちなみに、格闘ゲームはいつ頃からやってるんでしょうか。
昔の駄菓子屋ってちょっとしたゲームセンターみたいな感じでしたよね。で、私の家のそばにそういった駄菓子屋があって、もう家でお風呂入ってると、そのゲームの音とか聞こえてくるぐらいだったんです。でも、お金はなかったんで中学生とかのお兄さんがやってるのをぼーっと見てるのがほとんどでした。それでも知識だけはついて、アクションゲームはちょっとできたんですよ。『大魔界村』とかクリアできるぐらい。ここでジャンプすれば宝箱が出る、みたいな。
で、ゲーセンで初めてやった格闘ゲームが初代『ストリートファイター』だった。なんか、ボタンを思いっきり叩くやつ。でもそれは難しかったから、あまりやらなかった。いちばんハマったのはやっぱり『ストリートファイターII』で、でも基本的にはそんなにお金がなかったので街のゲームセンターよりスーパーファミコンでやる感じでした。
――今も格闘ゲームは続けているんですよね。
元々コンピューターとかゲームが好きだったんで、そういうのを研究する研究者になったんですけど、でも高校以降はそれほどちょこちょこやってるくらいで、そんなにやれてなかったんですよね。
でも、あるとき学会で「栗原さん向いてそうだしやった方がいいですよ」と言われて、それがきっかけで始めたのが『ストリートファイターV』。当時は『ストV』の最後のシーズンぐらいでした。そこから今も『ストリートファイター6』を継続してます。クラシックのマノンがMR1570ぐらい。モダンのルークが1500のままって感じです。
※MR:マスターレート。ストリートファイター6の上位ランク「マスター」に到達した人に付与される数値で、1500からスタート。試合結果に応じて増減し、マスター到達直後には1000付近まで下がるケースも多い。マスター到達後にも継続して鍛錬を積まない限り、1570MRにはなかなか到達できない。
――結構熱心にプレイしているというのがわかりました(笑)。でも、モダンとクラシックの両刀は珍しいですね。
私の場合、情報科学の中でも「人とコンピューターのインターフェースをどういうふうにデザインするか」という部分が専門なんですが、インターフェースデザインの観点からすると、モダンとクラシックは全く別にはなってなくて、うまく融合したり、クラシック移行への流れなどもちゃんと段階的に設計されているんです。そこが素晴らしいですね。
※モダン操作・クラシック操作:『ストリートファイター6』の操作方法のこと。クラシック操作は必殺技を出す際に複雑な方向入力が必要になるなど、従来のストリートファイターのような操作が求められるのに対し、モダン操作はボタン連打によるコンボが可能になったり、複雑な方向入力無しで必殺技が入力できるなどの違いがある。
――では最後に、格闘ゲームデバイスに関して今後の目標はありますか?
(しばらく考え込んでから)……「現場にいること」でしょうか。読者の皆さんは「何を言っているんだ?」と思うかもしれませんが、現場感ってすごく重要なんですよ。科学者や技術者としての知見を持っていても、格闘ゲームの世界にどういうルールがあって、プレイヤーがどう活動しているかといった部分は、自分自身がそこに携わっていないと、地に足がついたことは言えないじゃないですか。もちろんこれは格闘ゲームに限った話ではないですけど。
例えば、ガフロさんから「自分の作ったデバイスでレジェンドになってます」とか言われると、やっぱり説得力がすごいんですよ(笑)。私もそのレベルには及びませんけど、ゲームが好きでずっとプレイしているからこそ、わかることがあると思っています。どこの世界も偉くなると現場からいなくなるじゃないですか。プレイヤーとして優秀な人がマネジメントに回る、みたいな。だからこそ、現場に居たい。デバイス研究だけでなく、1人のゲーマーとして楽しめていないと、どこかでズレていくんじゃないかな。
※レジェンド:MRが上位500位以内に入った場合に付与される称号。これがついているとトップレベルのプレイヤーであることの証明にもなる。
――なるほど、そういった意識があるからこそEVO Japanにも出場されたんですね。
すぐに負けちゃったんですけどね(笑)。でも思ったより善戦できたので、次はもう少し上を目指したいです。まずはハイマスターを目指します!

