
フォトジャーナリスト、リンジー・アダリオ。彼女の名前に聞き覚えがないとしても、恐らく世界のニュースに触れるとき、一度は彼女の写真を目にしたことがあるに違いない。そんな彼女を追ったドキュメンタリー映画「LOVE+WAR 写真家リンジーの戦場」が11月7日に配信された。ジャーナリストとしての使命感と、妻・母としての葛藤が鮮烈に描き出されている。(以下、ネタバレを含みます)
■紛争地域の最前線で取材・撮影し、ピューリッツァー賞を受賞
リンジーは、ニューヨーク・タイムズ紙やニューズウィーク誌、ナショナル ジオグラフィック誌など一流の媒体から依頼を受け、20年以上にわたり第一線で活躍を続けている。
フォトジャーナリストとしてリンジーが取材・撮影するのはアフガニスタン、イラク、リビアなどの中東やアフリカの紛争や人道危機、女性問題の様子。ニューヨーク・タイムズの取材チームの一員としてアメリカのジャーナリズムで最も権威ある賞とされるピューリッツァー賞を受賞しているほか、2022年に国際女性メディア財団の勇気あるジャーナリズム賞にも選ばれた。
ナショナル ジオグラフィックのドキュメンタリーフィルムズとして製作された「LOVE+WAR 写真家リンジーの戦場」は、そんなリンジーの軌跡を振り返るとともに、彼女が抱える葛藤にも迫っている。
■爆撃されるウクライナの最前線で取材するリンジー
いわゆる戦場カメラマンであるリンジー。映画の始まりは、爆撃の音が鳴り止まない中で、隠れる所を探すリンジーの少し乱れた呼吸音が聞こえる。それは2022年2月19日のウクライナ東部ノヴォルハンスクの様子だ。
続いてリンジーと同行するウクライナ人男性ジャーナリストのアンドリーの体に付けられたカメラがリンジーの姿を捉える。リンジーたちが身に付けたカメラに映る映像や、このドキュメンタリー用の映像もあるだろう、そしてリンジーが撮影する写真が重なり合い、進んでいく。そこに映し出されるのは、フィクションのドラマや映画の世界ではない。紛れもない“現実”だ。
ニューヨーク・タイムズからウクライナ取材を打診され、「歴史的瞬間に立ち会えると思い、迷わずに決めた」というリンジーは、爆撃を受けて崩れたビル、防空壕で武装する人々などにカメラを向け、シャッターを切り続ける。宿泊するホテルの部屋が映し出されると、乾燥食品やクッキー、飲み水のストック、断水に備えてバスタブに水をためているといった取材の裏側もつぶさに映し出される。
そんな中、少しでも安全な所を探しながら避難する市民を撮影していると、すぐ近くが爆撃される。リンジーの「私、出血してる?」の声が響くも、彼女はシャッターを切ることを止めない。そして撮影された爆撃に倒れた家族連れの姿。
遺族がその写真を見たら…。新聞社には掲載するリスクが伴うが、リンジーは民間人の犠牲という“戦争犯罪”を伝えなければという思いで編集者に掲載を求めた。ニューヨーク・タイムズの一面を飾っただけでなく、SNSが盛んな時代においてリンジーの写真と映像は世界中に拡散され、かつてない反響を呼んだ。リンジーが「いくつもの戦争を取材してきたけど、これほど反響があったのは初めてだ」と語るほどに。
■家族への愛と戦争写真家としての使命に揺れる
続いてカメラは現在暮らすイギリス・ロンドンへと戻るリンジーを捉える。空港から自宅へと向かうタクシーの中で、運転手と会話するリンジー。その流れで出た「ここは平和ね」というリンジーの言葉は、吸い込まれるようだった戦争の最前線という緊迫した日々を映した冒頭があったからこそ、深く、重く、見る者の心に残る。
朝、ウクライナからポーランドへ移動し、空路でロンドンへと戻り、その夜に愛する10歳の息子が出演するコンサートを鑑賞したリンジー。リンジーには3歳の息子もいて、仕事先からコンサートに行くというパワフルさに驚きつつも、お風呂に入れたり、寝かしつけたり、息つく暇なく動きながら「子育ては戦争より手ごわい(笑)」という本音が飛び出す。
その後、リンジーのキャリアや生い立ち、家族について、さまざまな“本音”が明かされていく。13歳くらいのときに父親からカメラを譲り受けたことをきっかけに、写真家としての道を歩み始めることになったリンジー。「写真で何かを伝えられることに気付いた」からだ。恋愛に憧れを抱くものの、自分は「仕事に全てを捧げてしまうから相手は耐えられない」と思っていた中で、イギリスのロイター通信の支局長だった夫ポールと出会い、結婚した。
ポールが「夫婦で報道の仕事を続けるのは大変だ。戦地に行かないジャーナリストでも家庭を持つケースは少ない。両立は不可能なんだ」と語った難しさ。長男を出産後、3カ月で職場復帰するものの、大きな仕事は回ってこなくなったという。家庭への配慮、また、この世界にも男性優位という面もあるだろう。しかし、リンジーは「私は戦争写真家。社会を変えたくてこの仕事をしている」と、その道を突き進む。
結婚するより前の2000年に海外への関心があったリンジーはインドに移住。そこで女性問題を知った。「世界には人権を奪われた女性が大勢いる」。そうした女性たちにもカメラを向けるようになり、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの直後には、ジハード(聖戦)のさなかにいる女性に焦点を当てた。過酷な現状に打ちのめされながらも、男性が歓迎されない場所に入り、リンジーにしか伝えられないことを取材するのだ。
医師のいない地域で双子の出産で命を落としてしまう女性の写真記事は、妊産婦を救う寄付や救急車プログラムの導入を促すなど世界を動かした。リビアで同僚たちと共に拉致される恐怖の体験をし、家族はこれ以上ないほど不安に駆られることになった。愛する夫と息子たちがいる喜びがある一方で、その家族のもとにいることで「ジャーナリスト失格」とも思ってしまうリンジー。
本作では仕事と家族を見事に交錯させながら、リンジーという女性を浮かび上がらせる。映画「フリーソロ」(2018年)で第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を獲得したエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ監督とジミー・チン監督の手腕が光る。
リンジーのように伝えてくれる人がいるからこそ、私たちは世界のどこかで何が起きているかを知ることができる。この作品の中にも登場するリンジーが撮影した写真は、時に目を覆いたくなるものもある。それでもその裏にある、愛と戦争写真家としての使命に悩み、葛藤するリンジーの今の本音、写し取られた真実に何度も心を揺さぶられるはずだ。
「LOVE+WAR 写真家リンジーの戦場」はディズニープラスで配信中。
◆文=ザテレビジョンシネマ部

