
1987年公開の第1作以降、人類と“宇宙最強の狩人”プレデターの死闘を描いてきた「プレデター」シリーズの最新作となる映画「プレデター:バッドランド」が11月7日に劇場公開された。“捕食者”の名の通り、光学迷彩で姿を消しては特殊部隊に所属する人間たちに接近し、赤外線で敵を探知してさまざまな武器で相手を血祭りにあげる。その存在は恐ろしく、劇場の観客にも衝撃と恐怖を与えてきた。
強い者を狩る“孤高のハンター”はシリーズが進むにつれ、そのキャラ自体への人気も高まり、「エイリアンVSプレデター」といった作品も生まれた。2022年には第1作より前の1719年を舞台とした「プレデター:ザ・プレイ」がディズニープラスで配信され、アニメーション作品「プレデター:最凶頂上決戦」も2025年6月に配信されて反響を呼んだ。そして、これまで人間の前に立ちはだかる敵として描かれてきたプレデターが初めて主人公として描かれる「プレデター:バッドランド」が誕生し、「プレデター」シリーズに加わった。そんなふうに進化し続ける「プレデター」シリーズへの注目度も高まっているということで、原点となる第1作で主演を務めたアーノルド・シュワルツェネッガーの活動を振り返ってみたい。
■「SF超人ヘラクレス」で俳優デビュー
シュワルツェネッガーは、1947年7月30日にオーストリアで誕生。幼いころから水泳やサッカーを学び、ウエイトリフティングに出合うとその才能を開花させ、20歳でミスター・ユニバースのタイトルを獲得する。1968年にはボディービルを本格的に行うために渡米。ボディービルダーとしてその名を広め、やがて“ミスター・オリンピア”(ボディービルディングの世界最高峰)を7度も獲得するまでになった。
俳優デビュー作は1970年公開の「SF超人ヘラクレス」。ギリシャ神話の神々が暮らすオリンポスで退屈な生活を送っていたヘラクレス(シュワルツェネッガー)が、父であるゼウスに地上に降りる許可を求めるが許されずにいた。しかし、アクシデントによってニューヨークに上陸することができ、下界の常識を知らないヘラクレスはいろんな騒動を巻き起こしてしまう。ボディービルダーとして鍛えた肉体が生かされた作品で主演に抜てきされたがオーストリア訛りのため、せりふは別の俳優がアフレコしたものが使われた。この時の俳優名は「アーノルド・ストロング」だった。
1973年公開の「ロング・グッドバイ」、1976年の「ステイ・ハングリー」に出演し、後者でゴールデン・グローブ賞の新人男優賞を受賞するが、俳優としての評価はまだそれほど高くなかった。しかし、1977年公開のドキュメンタリー映画「アーノルド・シュワルツェネッガーの鋼鉄の男」がヒットし、ボディービルが再注目されるきっかけを作った。
その後もしばらく芽が出ない時期を過ごすも不動産投資などで稼いでいたため、焦らず、時を待っていた。次のきっかけとなったのは映画「コナン・ザ・グレート」(1982年)。これも自慢の肉体を生かした役で、危険なシーンもスタントなしで演じた。この作品が好評で、俳優としての自信をつけることにもなった。その後も複数作品でスタントを使わず、体中傷だらけになりながら自ら激しいアクションを行っている。
■大ヒット作「ターミネーター」で一躍脚光
一躍スターとして注目されることになったのは「ターミネーター」(1984年)。世界で大ヒットし、日本でも爆発的な人気となった作品だ。最初はカイル・リース(マイケル・ビーン)役の候補だったが、ジェームズ・キャメロン監督と会って話をすると、監督はシュワルツェネッガーが“ターミネーター”のことを一番よく理解していると感じ、ターミネーター役に決めた。強靭な肉体はもちろん、ロボットっぽさが感じられる表情で、ハマり役となった。まさに新たな“アクションスター”が誕生した瞬間だった。
そんなシュワルツェネッガーを刺激したのが、「ロッキー」(1976年ほか)や「ランボー」(1982年ほか)シリーズなどがヒットし、ひと足先にアクションスターとして君臨していたシルヴェスター・スタローンだ。
スタローンと切磋琢磨し、シュワルツェネッガーも「コマンドー」(1985年)、「ゴリラ」(1986年)、「バトルランナー」(1987年)といったアクション作品でヒットを連発させる。その中に1987年公開の「プレデター」もあった。
肉体派アクションスターとしての地位を確立しつつある中で、違う一面を打ち出して俳優としての幅を広げたのが1988年公開の「ツインズ」。ダニー・デヴィートと双子役を務めた。35年間別々に暮らしてきた弟の存在を知らされ、彼を捜し出す。似ても似つかぬ双子だが、DNAの影響か、同じような動きをしたりする。コメディーセンスも際立ち、映画は大ヒット。この頃から日本でのCM出演も多くなり、「カップヌードル」や宮沢りえと共演した「アリナミンV」など、テレビで姿を見かけることも増え、“シュワちゃん”と親しまれる存在になっていた。
■アクションスターから名実ともにスーパースターへ
「トータル・リコール」(1990年)や「ターミネーター2」(1991年)、「トゥルーライズ」(1994年)といったアクションを主体とした作品と並行して、「キンダガートン・コップ」(1990年)、デヴィートと再タッグを組んだ「ジュニア」(1994年)といったコメディー要素も含んだ作品も好評を博し、シュワルツェネッガーの俳優としての幅を広げていった。
“アクションスター”の枠を超えて“スーパースター”となったシュワルツェネッガー。「バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲」(1997年)、「エンド・オブ・デイズ」(1999年)など、ヒット作を次々と生み出していったが、新たな挑戦として政界進出も行った。
元々、政治への関心が高かったシュワルツェネッガーだが、アメリカへの恩返しという気持ちで、2003年11月にカリフォルニア州知事となり、2011年1月まで務めた。その間も映画に出演し、2010年公開の映画「エクスペンダブルズ」ではスタローンとの共演も果たした。
2013年公開の「大脱出」はスタローンとシュワルツェネッガーがガッツリ組んだ作品で、1980年代から企画が上がっていたが30年たって実現。2019年には「ターミネーター:ニュー・フェイト」に、サラ・コナー役のリンダ・ハミルトンと共に出演し、大きな話題となった。
各時代に代表作があるシュワルツェネッガー。アクションからコメディーまで出演作は幅が広い。「プレデター:バッドランド」が公開された現在、改めて「プレデター」第1作を視聴すると物語はもちろんシュワルツェネッガーの若々しい肉体美、アクションの魅力を存分に感じられることだろう。
映画「プレデター:バッドランド」は全国の劇場で公開中。「プレデター」などシリーズ過去作はディズニープラスで配信中。
◆文=田中隆信

