我々の個人情報を公開せよというEUの要求
たしかに『透明性』や『ユーザーの保護』といった理念は素晴らしい。だが、その理念を実現する手段によって、逆にユーザー体験や技術革新が犠牲になってしまっては本末転倒である。
たとえば、通知の内容、Wi-Fi接続履歴、位置情報、端末の利用履歴といった極めて機微な情報を開示させられるようなルールは、アップルにとっても、ユーザーにとっても大きな問題である。
だが相互運用性を理由に、これらの情報開示が義務づけられ、秘密保持義務すら課せられないケースが規制案に含まれているという。ジョズウィアックは、「これはユーザーにとって本質的に危険な要求」であり、「政府や企業が『簡単で良いことだ』と思い込んで規則を押し込んでしまうこと」の恐ろしさを指摘する。
EUからの要求には驚くべきものもあったという。
たとえば、過去に接続したすべてのWi-Fiネットワークの履歴を共有せよ、デバイスに届いた通知の内容を完全に提供せよ、という項目もあるという。
Wi-Fiネットワーク履歴を知れば、病院や裁判所、宿泊したホテル、不妊治療クリニックなど、ユーザーが訪れた場所が一目瞭然になる。
スマートフォンには非常に機微な情報が詰まっている。アップルは常にそれを最大限尊重し、責任を持って扱ってきた。これらはアップル自身すらアクセスできないように設計してきた極めて機微な情報だ。アップルのサーバーには保存もされていない。すべてはデバイス内だけに存在する。しかしEUの規則では、利用目的に関係なく他社に提供せねばならない。そして利用条件すら課せないのだという。
これでは、これまでアップルが守って来たプライバシーがすべてさらけ出されてしまう。
ジョズウィアック氏は、スマホ新法について「日本にはEUの轍を踏んで欲しくない」と語る。
日本はどうすればいいのか?
なぜEUはこんな奇妙な方向に進んでしまったのか。そしてなぜ、日本も同じ轍を踏みかねないのか。多くの方にとって不思議だと思う。
さて、ここからは筆者の私見だ。
おそらくは、欧州委員会の競争総局では、欧州企業の競争力を高めるために、なんであれシリコンバレー企業に制限を与えることが評価されるのだと思う。ある意味、日本の公正取引委員会にもそういう風土があるのだろう。
たしかに、’90年代以降のビッグテックの躍進は世界をあまりに席巻してしまっている。
音楽を聴いたりアプリを使ったりすればアップルに、買い物をすればAmazonに、広告を見ればGoogleに、検索すればまたGoogleに、AIを使えばOpenAIなどに——どんな行動でもビッグテックに対価が流れてしまう仕組みができてしまっている。
となると、もはやヨーロッパとしては、ルールを変えるしかない。オリンピックやF1でもよくある話だが、ヨーロッパにはさまざまな機関の本部があり、ゲームに負けそうなら、ルール自体を変更してしまうということがよくある。もはや場外乱闘をしないと、お金の流れは変えられない状態だ。
それは確かなのが、日本が欧州の場外乱闘に追従しても利があるとは思えない。
アップルをはじめとするビッグテックは、基本的には資本主義のルールにのっとっており、その多くは正しく、リベラルで、倫理的である。しかし、正しいだけではどうにもならないことがある。むしろ、正しさは刃であることもある。資本主義の正しさを追求した結果、生活が苦しくなった人達が、正しいことを度外視する首長を選んでしまったのが今のアメリカだ。
日本はそのバランスを見誤ってはいけない。アップルの正しさだけに付き合うのも苦しいが、EUの場外乱闘的なルール変更に付き合うのも良くない。
ぜひ日本政府には、「和を以て貴しとなす」の精神で、技術革新とユーザーの安全の両立を目指した折衝を期待したい。我々が安全に、便利に、そしてプライベートな情報を守られながらアップルの新しい体験を享受できるように。
(村上タクタ)