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戦後80年、教育現場から消える「はだしのゲン」、記憶の風化に抗うドキュメンタリー映画が突きつける問い<はだしのゲンはまだ怒っている>

戦後80年、教育現場から消える「はだしのゲン」、記憶の風化に抗うドキュメンタリー映画が突きつける問い<はだしのゲンはまだ怒っている>

映画「はだしのゲンはまだ怒っている」、込山正徳監督、BS12 トゥエルビ・高橋良美プロデューサー(写真右より)
映画「はだしのゲンはまだ怒っている」、込山正徳監督、BS12 トゥエルビ・高橋良美プロデューサー(写真右より) / 撮影=鈴木康道

今年は太平洋戦争の終結から80年の節目にあたる。原爆が投下され、終戦を迎えた8月には、各メディアでさまざまな戦争にまつわる特集が組まれた。その中でBS12 トゥエルビは、被爆者である漫画家・中沢啓治氏が描いた「はだしのゲン」の現状に焦点を当てたドキュメンタリー番組を2024年9月に制作・放送した。この番組を再構成し、映画として作り直した「はだしのゲンはまだ怒っている」が11月14日(金)からサロンシネマ(広島)、15日からポレポレ東中野(東京)ほか全国で順次上映される。

戦争の記憶を風化させまいとする作品制作や啓蒙活動が続けられる一方で、重要な歴史教材であるはずの「はだしのゲン」は今、教育現場からその姿を消しつつある。映画は、この現状に警鐘を鳴らし、ゲンと同じ被爆者たちへのインタビューを通し、当時の状況、被爆で失われた人生を伝え、改めて「はだしのゲン」がどういう作品なのかを目に耳に刻んでくる。筆者は10月に行われた試写会の後、企画・編集・監督を務めた込山正徳氏と、プロデューサーの高橋良美氏に話を聞く機会を得た。記憶を風化させないために――映画で描かれる内容と、両氏の制作意図をここに伝えたい。

■被爆の実態に、日本側からのメッセージが必要だ

映画の冒頭で、込山監督はクリストファー・ノーラン監督の映画「オッペンハイマー」を鑑賞したことが、本作の前身であるテレビ版を制作するきっかけになったと語っている。

込山監督:「オッペンハイマー」を観たとき、どこか肩透かしを食らったような気持ちになりました。あの映画は原爆の開発については伝えていても、被爆の実態については触れていませんでした。アメリカの映画ですから、そういうものなのでしょう。しかし、原爆を語るならば、被爆の実態も絶対に語らなければならない。これは日本側からのメッセージが必要だと思い、「はだしのゲン」(以下、「ゲン」)をテーマにテレビ版を作りました。

BS12で放送されたテレビ版は大きな反響を呼び、「学校の教材として流したい」といった問い合わせも寄せられたという。その声に後押しされる形で、映画化の企画は進んだ。

込山監督:これだけ必要とされているなら、映画にした方がいいのではないかとBS12の高橋さんにご相談しました。映画版ではさらに踏み込んで、被爆体験をした方々のインタビューに重点を置いています。一方で、歴史研究家・フリージャーナリストの後藤寿一さんのように「ゲン」を問題視する方の意見もお聞きし、バランスを取ることを心掛けました。

高橋プロデューサー:テレビ版では、「ゲン」が広島県の平和教材から除外されたという点には触れましたが、その背後にある事情や世の中の流れにまでは深く言及せず、「今、こういう風に『ゲン』を語り継ぐ人たちがいます」ということが中心の構成でした。ただ、放送後に「そここそが見たかった」という声も多く届きまして、今回の映画版では「ゲン」を巡る一連の騒動をしっかりと扱いました。そこがテレビ版との大きな違いです。

映画では、原爆と漫画を伝える側として9名の方にインタビューを行っている。彼らが語る言葉は、原爆投下と被爆の凄惨な状況を生々しく伝えるものだ。

込山監督:被爆者の方々のお話は非常に貴重なものでした。18歳のときに被爆した江種祐司さんと阿部静子さん、6歳のときに被爆し3歳の弟を亡くした小谷孝子さん。江種さんは、島の方から見た成層圏まで達するキノコ雲の様子を昨日のことのようにリアルに語ってくださり、被爆後に髪が抜け落ちていく恐怖を語る言葉には胸が痛みました。阿部さんは右半身が焼けただれる大火傷を負い、戦地から帰ってきた旦那様は変わり果てた妻の姿を見てもなお、「この妻と生きていく」と決意されたそうです。その長い人生のお話は、人の優しさも含めて、深く考えさせられるものでした。
映画「はだしのゲンはまだ怒っている」、込山正徳監督
映画「はだしのゲンはまだ怒っている」、込山正徳監督 / 撮影=鈴木康道


■広島の平和教材、教育現場から消えゆく「はだしのゲン」

映画では、「ゲン」が海外でも読み広がっていることを伝える一方で、日本では教育現場からその姿が消えつつある現状に警鐘を鳴らす。そもそも、「ゲン」の撤去はいつ頃から始まったのか。

高橋プロデューサー:「ゲン」が広島の平和教材から外されたのは2023年ですが、その少し前に、松江市の図書館から撤去されるという出来事がありました。それを皮切りに、他の地方公共団体でも撤去を求める動きが相次ぎ、一度そこで大きな騒動になっています。ただ、その撤去や削除の理由が表層的というか、「本当にそれが理由なのか?」と、にわかには信じがたいのもあります。NHKの「クローズアップ現代」でも深く検証されていましたが、その背景には、作品の内容に不都合を感じる人たちや、見てほしくないことがある人たちがいるのではないか、と言われています。その点は、今回取材に応じてくださった元広島市長の平岡敬さんも指摘されています。

その表層的な理由の一つとして挙げられているのが、「食べものを盗む行為」の描写だ。

込山監督:たしかに平時の感覚で言えば、道徳的に良くない行為でしょう。でも、東京の上野にいた浮浪児たちは、盗みをしなければ生きていけなかったわけですから。そういうこと全てを含めて戦争の結果です。それを今の価値観だけで判断するのは、本質的な部分から目を逸らした言い訳だと私は思います。

高橋プロデューサー:あれが、戦後を生き抜いた人たちの真実なんですよね。そうして生き延びた方々が、その後の日本を作ってくれたわけです。ですが今、どんどん違う方向に議論が進んでしまっている状況があります。「ゲン」という楔を絶対になくしてはいけない。今回映画化を進めたのは、そうした理由もあります。
「はだしのゲン」が撤去される現状を語る元広島市長の平岡敬さん
「はだしのゲン」が撤去される現状を語る元広島市長の平岡敬さん / (C)BS12 トゥエルビ


■歴史解釈の違いは受け止めた人が考えてほしい

映画では、撤去の背景にあるもう一つの要因として、歴史解釈の違いにも触れている。「『はだしのゲン』を読んでみた」の著者・後藤寿一氏へのインタビューでは、「ゲン」は“手品”のような作品であるという観点から、その内容に否定的な見解が示された。

込山監督:この映画では、一方の意見を押し付けるのではなく、多角的に物事を見極めようと努めました。その過程で後藤さんの本に出会い、取材を申し込みました。後藤さんによる歴史解釈は一つの意見であり、それをどう考えるかは、観てくださる皆さんの判断だと思います。

後藤氏の解釈は、「日本は戦争をしたくてしたわけではなく、アメリカなどから戦争をする方向に追い込まれていった」「原爆もアメリカが落とすように状況を作った」というものだ。

込山監督:私が学んできた歴史観とは異なりますが、後藤さんのような意見があるのは事実です。実は、この考え方を持つ人は決して少なくありません。根本的な認識の違いなので、これはもう仕方がないですし、私の意見を押し付けるための映画ではありません。観て、受け手の皆さんに考えてほしいと思います。

しかし、後藤氏も「ゲン」を悪書として否定しているわけではなく、漫画としての素晴らしさは認めている。その点で、映画の中で名前が出てくる「週刊少年ジャンプ」の初代編集長・長野規氏の功績は非常に大きい。

込山監督:本当にそうですね。長野さんがいなければ「ゲン」は生まれず、少年漫画として読まれることもなかったでしょう。当時敬遠されていた反戦漫画、しかも被爆をテーマにした作品を連載させるというのは、とてつもない決断だったと思います。

高橋プロデューサー:長野さんのプロデュース能力は、メディアにいる人間からしても本当にすごいと感じます。お亡くなりになっているので取材は叶いませんでしたが、長野さんのような方が中沢さんの味方になってくれたことは、大変心強かったのではないかと思います。
コミックスで全10巻の長編となった「はだしのゲン」
コミックスで全10巻の長編となった「はだしのゲン」 / (C)BS12 トゥエルビ


■「はだしのゲン」は原爆投下直後を写した唯一無二の記録

映画の中で特に印象に残るのは、漫画のコマを使って描かれる原爆投下直後の光景だ。体から剥がれ落ちる皮膚、その皮膚を垂らして幽霊のように歩く人々、ガラス片が顔中に針のように突き刺さった人の姿。これほどまでに被爆直後の状況を写し取った、真に記録的な絵、写真は「ゲン」以外では見たことがない。

高橋プロデューサー:おそらく、あの時点の地上から記録されたものというのはほとんどないのではないでしょうか。アメリカ軍が投下場所にいるわけがなく、日本軍も写真を撮れるような状況ではなかったでしょう。まさしく、見た人の記憶の中にしかない光景だと思います。

込山監督:後々、映画やドキュメンタリーなどで再現映像は作られていますが、「ゲン」以上に真実を伝える絵はないと思います。

映画では、中沢氏が差別を恐れて隠していた「被爆者」という事実を公表し、原爆をテーマにした漫画を描くと決意した瞬間の出来事も語られる。それは、母親の火葬の際に、骨が全く残らなかったという衝撃的な体験。原爆は母親の骨まで奪っていったという出来事だ。

込山監督:中沢さんの怒りや悔しさは相当なものだったと思います。当時、被爆者だと言うと「病気がうつるんじゃないか」と偏見の目で見られたと言いますし、そんな風潮の中で公表するのは、大変な決意だったに違いありません。

漫画では、ゲンの父親の存在もまた、強く印象に残る。特に、「資源のない日本は平和を守って世界中と仲良く貿易で生きるしか道はないんだ。日本は戦争をしてはいけんのじゃ」という言葉は、現代にも通じる普遍的なメッセージだ。

高橋プロデューサー:非常に現代的な考えでもありますよね。あれは、中沢さんご自身の認識でもあるのかなと思いました。何より、ゲンの父は日本の加害責任にも触れていて、現代であれば声を上げても責められることはありませんが、戦時中ですからね。私としては、ゲンの父の言葉は映画の中で一番考えてほしいところでもあります。
映画「はだしのゲンはまだ怒っている」、BS12・高橋良美プロデューサー
映画「はだしのゲンはまだ怒っている」、BS12・高橋良美プロデューサー / 撮影=鈴木康道


■日本の加害責任と、子どもたちに送る被爆者のメッセージ

日本の加害責任というのは、映画の最後に登場する被爆者、小谷孝子さんが子どもたちに語る言葉にも繋がる。小谷さんは、日本が戦争の加害国であったと前置きした上で、「世界中の国と友達を作ってください。友達を攻めようとは思わないでしょ?」と優しく問いかける。
腹話術で被爆体験を語る小谷孝子さん。人形は原爆で亡くなった小さな弟でもある
腹話術で被爆体験を語る小谷孝子さん。人形は原爆で亡くなった小さな弟でもある / (C)BS12 トゥエルビ


込山監督:これは非常に大切なことですよね。日本が加害国であったという側面を知らないと、例えば「なぜ中国の人たちはあんなに怒っているんだろう」という疑問に対して、短絡的な考えに至ってしまう可能性があります。私の歴史解釈では日本軍がひどいことをしたという事実がありますので、小谷さんの言葉は重く受け止めました。「世界中の国と友達を作る」というのは、これからの子どもたちに託す一番良い言葉なのだろうなと思いました。

高橋プロデューサー:私も今回の映画制作を機に、戦中戦後の歴史を学び直しています。満州を巡るロシアと日本の関係、朝鮮を巡る日本と欧米列強とアジアの関係など、複雑な関係性の中で物事を見ないと、短絡的な思考に陥ってしまうと痛感しました。この映画では、あえて「こうだ」という結論は示していません。そのモヤモヤした気持ちを、モヤモヤしたまま考えてほしい。一方的に何かを届けるよりも、「ゲン」を知ることから始めてほしい、という思いです。

込山監督:高橋さんが語ってくれたことに付け加えるならば、「ゲン」のような状況に置かれている子どもたちが、今、世界にいるということです。叫びたい子たちが世界にいて、私にはその子たちを助けることができないという歯がゆさがあります。観ていただく方には、80年前にあったこの出来事を風化させずに記憶してほしい。そして、今の世界で起きていることにもっと目を向けてほしいと思います。

◆取材・文/鈴木康道
広島の原爆ドーム
広島の原爆ドーム / (C)BS12 トゥエルビ



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