今しか撮れない若さの輝き、世代を超えた普遍の歌
池ノ辺 中学生時代の主人公役、坂元愛登くんと一色香澄さんは、どの様にしてキャスティングされたんですか。
土井 オーディションをやらせてもらいました。青砥は、変に真面目なところもあるんだけれど、すごく気のいいやつで、でもどこか抜けている、そんな役なんですよね。坂元くんが出た作品はこれまでもいくつか見てきましたが、彼は、硬軟、いいところとダメなところを併せ持つ、そういうのを自然にできるのが良かったですね。
池ノ辺 一色さんは？
土井 そもそも須藤葉子は、中学時代から「太い」と言われてるような存在なんです。そういう存在感のある中学生を見つけるのは難しいだろうと思っていたんですが、オーディションで一色さんが部屋に入ってきた時にすぐに「あ、出会えた」と思いました。彼女は、そう思わせるような強さと、同時に繊細さを併せ持っている。実際、芝居をすると、目の表情ひとつでいろんな心のうちを観ている人に想像させてしまう力がある。本当に素晴らしい14歳に出逢ったと思いましたね。
池ノ辺 あの2人がそのままオーバーラップして大人になっていくシーンに、画的にすごく説得力がありましたね。現場の雰囲気はいかがでしたか。
土井 2人とも、須藤という人、青砥という人を自分たちなりに準備してきていて、もうハートの部分は出来上がっていましたから、あとは表現として、目線をもうちょっと下げようかなど、非常に細かいところを現場で一緒に作り上げていった感じです。あれくらいの年代の人たちを演出するのは、もちろん大変なこともあるんですけど、今回は打てば響くと言いますか（笑）すごくビビッドで楽しい作業でした。
それと、これは撮影中に自分で撮っている映像を見ながら思ったことなんですが、僕は世代的に、薬師丸ひろ子さんとか原田知世さんたちの映画を観て育っていて、あの時代の彼女らの輝きを目の当たりにしてきたんですね。つまり、今のこの時代の、たとえば坂元くんや一色さんたちの輝きをちゃんと映像に収めて記録するというのは、すごく大事な仕事なんじゃないか、自分は今、非常に大切なものを撮っていると、そういう感覚がありました。
池ノ辺 今回、さらに素晴らしいと思ったのは星野源さんの歌です。あれは実際の映像を観てから作ったんでしょうか。
土井 曲を依頼したのは撮影の前だったので、まずは台本をお渡しましたが、最終的に曲を作る際に実際の映像を観られたのかどうかは、今のところ本人には確認していないんです。
池ノ辺 本当にぴったりの曲でしたよね。
土井 この映画は、人生の後半戦に差し掛かった人が観ると、どこかしらで身につまされる、そんな話だと思うんです。じゃあ、この主人公たちよりちょっと下の世代、あるいはもっと若い人たちは、この物語をどう観るのか。そういう広がりが、この映画には必要だと思ったんです。星野さんは、こうした世代に向けての言葉、表現を持っている人ですよね。そういう星野さんが、この物語をどういうふうに受け取って発信してくれるのかということにすごく興味があったんです。実際、彼ならではの言葉で、本当に見事にこの物語の感情を正確に切り出してくれて、素晴らしい曲をもらったと、感動しました。
池ノ辺 映画も、歌も、人生を真面目に生きてきた人、そしていろんなことを体験してきた人たちの魂には響くなあと思いました。
土井 星野さんの歌に、「間違いながらそれでもくれた優しさ」という歌詞があるんです。みんな、誰かに対して優しくあろうと、そういう気持ちはあると思うんです。それは時々間違っているかもしれない。なにが正しいのか、答えはわからないけれどそれでも生きていくしかないし、傷つきながらも前に進んでいくしかない。それがこの作品の大きなテーマだと思うし、人生のテーマでもありますよね。そんなことを星野さんの歌で、彼の言葉できちんと表現してもらえた、そんな感じがしています。
「映画とは何か」を立ち止まって考える
池ノ辺 監督には、前作『片思い世界』(2025) の時にいろいろお話を伺いました。その後、映画に対する思いに何か変化はありましたか。
土井 前回は半年くらい前のことですから、そんなに変わってはいないです。僕はドラマも映画もやっていますけど、最近は配信というのも一つの主流になってきてます。つまりコンテンツの種類が増えてきているわけですが、そういう中で、映画ってなんだろう、映画ならではの表現ってどんなものだろう、そういったことをもう一度ちょっと立ち止まって考えたいなというふうに今は思っています。劇場で、あの大きなスクリーンと向き合う、そのことの意味を今一度自分の中で確認したいという気持ちになっています。
池ノ辺 答えは見えそうですか。
土井 おそらくそれは、やっていく中で見えてくるものなんでしょうね。『平場の月』はこれから公開されて、劇場でかかって、いろんな人が観てくださって、意見や感想を持ってくれる。自分も自分の映画はなるべくいろんな場所のいろんな劇場で観ようと思っているんですが、そういう中で改めて感じられることかなと思っています。
池ノ辺 劇場だと、お客さんの表情が直に伝わりますよね。
土井 観終わって出てくる時に、皆さんがどんな顔をしているのか、それはちょっと楽しみです。
池ノ辺 前回も伺ったんですが、監督にとって映画って何ですか。
土井 前にも言ったことですが、やはり映画は観た人にとって、体験として残るものだと思っています。誰かの人生の何かのきっかけになるような、そんなものをこの先ひとつでも作れたらという思いはあります。
池ノ辺 ありがとうございました。次の作品も楽しみにしています。
インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理
監督
早稲田大学卒業後、1988年にTBS入社。「愛してると言ってくれ」（1995）、「青い鳥」（1997）、「Beautiful Life」（2000）、「GOOD LUCK」（2003）等、数々のヒットドラマを手掛ける。2004年に『いま、会いにゆきます』で映画監督デビュー。以降、コンスタントにテレビドラマ、映画それぞれで話題作を手掛け、『罪の声』（2020）では第45回報知映画賞作品賞、第44回日本アカデミー賞優秀監督賞、優秀作品賞などを受賞し高く評価を集める。『花束みたいな恋をした』（2021）では、一組の男女の出会いから別れまでの5年間を丁寧に描き、興行収入38億円を突破する社会現象となった。 2025年は『罪の声』で組んだ野木亜紀子のオリジナル脚本による新春スペシャルドラマ「スロウトレイン」、『花束みたいな恋をした』以来となる脚本家・坂元裕二とのタッグ作『片思い世界』と話題作を手掛けている。
作品情報
映画『平場の月』
妻と別れ、地元に戻って印刷会社に再就職し、慎ましく、平穏に日々を生活する、主人公・青砥健将。その青砥が中学生時代に想いを寄せていた須藤葉子は、夫と死別し今はパートで生計を立てている。お互いに独り身となり、様々な人生経験を積んだ2人は意気投合し、中学生以来、離れていた時を埋めていく。再び、自然に惹かれ合うようになった2人。やがて未来のことも話すようになるのだが‥‥。
監督：土井裕泰
原作：朝倉かすみ「平場の月」(光文社文庫)
出演：堺雅人、井川遥、中村ゆり、でんでん、吉瀬美智子、宇野祥平、吉岡睦雄、
坂元愛登、一色香澄、大森南朋
配給：東宝
©2025映画「平場の月」製作委員会
公開中
公式サイト hirabanotsuki