
長谷川体制はグランパスに何を遺したのか。常に不運がつきまとった4年間で、もたらされた発展的な継続性を礎として積み上げていけば――
鹿島と横浜FCの試合結果をもって、今季のJ1残留を決めたその翌日から、名古屋は新時代へのシフトチェンジを表明した。
柏とのアウェーゲームの翌日11月9日に、まず山口素弘GMの退任が発表され、続く10日には古矢武士強化部長の契約満了と中村直志アカデミーダイレクターの強化部副部長兼任がリリース。中村強化部副部長は来季から強化部長に昇格することが決まっており、この時点から来季の編成等に携わることになっている。
そして一日置いての12日、2022年から指揮を執る長谷川健太監督の契約満了が発表され、クラブは現場のトップ3が揃って交代するという大きな転換期を迎えることになった。
長谷川体制の評価は難しい。クラブが過去獲得した5つのタイトルのうち、最新の1つは昨季のルヴァンカップ優勝であり、その実績は清水克洋社長も「大きな功績」と表現し、その点では山口GMは在任5年間で二度のルヴァンカップ制覇という実績を残した。
だが、常にリーグ優勝とアジア挑戦を掲げるクラブの目標設定に対しては、この4年間で8位、6位、11位、17位(今季36節終了時点)と結果で応えられていない。今回の契約満了という判断には間違いなくその結果の部分の影響が大きく、それは清水社長の「リーグでの優勝であったり、ACL出場といった目線でチームの強化を図っていきたいなかで総合的に判断した」という言葉にも裏付けられる。Jリーグ史に残る名将を迎えて期待された栄冠への道は、一新された体制下において再スタートを切る。
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不運が常につきまとう名古屋での指揮官キャリアだった。すべてを運と片付けてはいけないが、それにしてもツイてない。就任初年度の22年はコロナの集団感染でキャンプが中断。一年を戦うチーム作りはいきなり頓挫し、練習が再開できたかと思ったらもう開幕日。開幕戦のメンバーはその11人の組み合わせとしてはシーズン初のことで、2-0で神戸に勝ったゲームはいま振り返っても奇跡的だったと言える。
公式戦が始まってからチーム作りが本格化するような高難易度のシーズンでは、3バックへの移行という大博打にも打って出る勝負師ぶりも発揮し、30得点35失点という数字で勝点46を獲得。8位の座を勝ち取ったのは逆に言えば、長谷川監督の手腕なくしてあり得ない成績だった。
2年目の23年は待望の点取り屋として獲得したキャスパー・ユンカーが期待通りの働きを見せ、永井謙佑とマテウス・カストロ、そしてこの年にブレイクスルーを果たした森下龍矢による高速カウンターでJ1リーグを席巻。しかしマテウスが夏にサウジアラビアに移籍したことで、その核を失ったチームは失速した。
マテウスに代わる人材として森島司を獲得できたのは強化部のお手柄だったが、初の移籍に森島の実力は発揮しきらず。それでも前年から出場機会を増やして大きく成長を果たした藤井陽也の活躍もあり、チームはこの体制での最高順位である6位でシーズンをフィニッシュした。
森下と藤井はシーズン後の日本代表にも招集され、前年22年のカタール・ワールドカップには相馬勇紀も送り込んでおり、かつて堂安律や久保建英を指導した選手育成の手腕も、この名伯楽はしっかり見せている。
しかし24年シーズンには昨今のJリーグの宿命として、森下も藤井も海外移籍を果たし、タイミングの悪いことに丸山祐市と中谷進之介という名古屋の堅守を支えた名DFたちもチームを去った。最終ラインが総入れ替えとなってはチーム力の維持は難しく、無得点での開幕3連敗など苦悩のシーズンスタートとなった。
前年16得点のユンカーに加え、10得点の山岸祐也とパトリックを揃えた充実のFW補強も、キャンプ序盤で山岸が負傷離脱しプランが崩壊。山岸とユンカーの相性が良かっただけにチームにとっては大打撃で、しかも山岸はその後に二度の負傷離脱をするなど災難の一年に見舞われた。
三國ケネディエブスの急成長がなければ守備陣も危うかったところ、この大器の覚醒によって藤井移籍の穴は何とか埋まり、中盤戦以降は指揮官曰く「ルヴァンモード」でカップ戦制覇に全精力を注ぎこんで見事に目標達成。準決勝での広島との死闘は今も語り草で、さらなる激闘となった新潟との決勝戦は、この年の名古屋が選ばざるを得なかったピーキーなチームのチューニングが見事にはまった恐るべき試合だった。
「カップ戦に強い」と言われると長谷川監督はあまり良い顔をしないが、一発勝負のトーナメントの勝ち方、勝負勘の鋭さはこの男ならではのもの。4年間の苦楽を共にした稲垣祥は「一言でいえば“やっぱ健太さん”」と表現し、その心を「“勝負だ”となった時のスイッチの切り替わり方、そういう感覚が凄い」と感嘆した。
さすが就任時に「斬るか斬られるかの勝負がしたい」と言った監督である。それと同時に理論派でマネジメント力の高い指揮官でもあるのが面白い。若手の積極起用も多かったが、選抜基準は練習でのパフォーマンスで、使いたいと思わせるプレーを見せれば、10代だろうが高校生だろうがしっかり出場機会を与えた。
多くの才能を育て上げた“目利き”は確かで、前述の森下や藤井、三國、今季もピサノアレクサンドレ幸冬堀尾や森壮一朗といった若者をJリーグで使える戦力に仕立て上げ、ピサノはリーグデビューから1か月でA代表に抜擢されるまでに大きく育った。
育てる力はこの指揮官の代名詞でもあり、しかも若手に限らないのが凄いところだ。その代表格が稲垣で、もともと得点力もある潰し屋ボランチとしての定評はあったが、長谷川監督はさらにこのボランチをセントラルMFへとランクアップさせようと発破をかけた。
「健太さんがいなかったら、たぶんいま自分はこうやってJ1のピッチで試合に出続けることはできなかった」とまで言うから相当だ。稲垣はこの4年間でMFとしてのベースの質を高め、得点力をさらに向上させ、さらにはコンディショニングの部分にもアドバイスを受けて今季はパフォーマンスもリブート。現在9得点は21年に記録したキャリアハイを更新する驚異の数字であり、ピサノとともにA代表としてE-1選手権に出場し、全3試合に出場するなど主力として重宝された。
こうした“老若”を問わず選手に成長を促す姿勢は自らにも向けられ、前述の3バックだけでなくモダンな戦術を取り込むことにも貪欲な指揮官でもあり、「健太さん自身から一番学んだのは、チャレンジしていく姿勢や自分をアップデートしていくところ。俺に要求するだけじゃなくて、あの人自身も体現していることだからこそ、言われて腹落ちしたし、説得力や納得感があった」と、稲垣はこれ以上ない敬意をこの名将へと向ける。
結果的に名古屋での指揮最終章となった今季は、過去最も苦戦を強いられる、厳しい戦いが続いたが、これまでのことを思えば、長谷川監督だったから何とかなったと思う部分も小さくない。
とにかくプラン通りにいかないのがこの体制の“あるある”で、ランゲラックというクラブレジェンドにして守りの要が移籍し、その後釜として元日本代表シュミット・ダニエルを獲得したまでは良かった。だが、前シーズン終盤で負った膝の怪我が長引き、プレシーズンキャンプはほぼ全休。チームは開幕戦で川崎に0-4で惨敗したことから歯車が狂い始め、開幕6戦未勝利という危機的な状況にも陥った。
前年のヒーローだった三國がスランプに陥り、沖縄でのキャンプでは上々の仕上がりを見せていたチームの良いところがまったく出せず、そこからは応急処置の日々。リーグ初勝利となった3月29日の横浜FC戦を前にしたルヴァンカップで、シュミットが戦列に戻ってチームは息を吹き返したが、5月3日の国立での清水戦当日に再離脱し、8月に復帰も天皇杯の東京V戦で三度、負傷離脱。その間はベテランの武田洋平と覚醒したピサノが懸命にカバーしてくれたが、3人のGKを併用せざるを得ないシーズンというのは異例ではあり、名古屋のGKチームのハイレベルさを示す一方で、戦いの不安定さに影響がなかったといえば嘘になる。
夏には藤井の復帰と木村勇大の獲得もあり、彼らをカンフル剤としてチームはどうにか浮上し、36節での残留を果たした。木村獲得を前後しては、レレの登録問題が発生し獲得を断念した“事件”はあったが、チームへの影響は獲得以前の話なので、それほど大きなものではなかったと考えていい。
それより深刻だったのが、この4年間つきまとったFWの得点力不足で、今季もチームのトップスコアラーは稲垣で、それに次ぐのがマテウスの5得点だ。振り返っても24年は永井と稲垣の6得点、23年のみユンカーが16得点と躍動し、22年はマテウスの8得点が最高だった。
「優勝には50得点が必要」と常々長谷川監督は口にしていたが、その内訳としてはやはりFWの二桁得点が攻撃陣を牽引していく算段があった。チーム総得点は22年が30点、23年が41点、24年が44点であり、今季2節を残して42点なので、過去一番の得点数をマークする可能性はある。
その意味で言えば、今季は過去最大の53失点を喫した守備が成績の足を引っ張った感は強く、その要因のいくつかは前述した通りだ。2025年の最高順位は13位。その位置に至るまでは降格圏か降格圏ギリギリをさまよった。
この状況から残留を決めるのはそんなに容易なことではなく、試行錯誤に試行錯誤を重ねてたどり着いた勝点40で残留確定は、絶対値として評価はできなくとも、相対値としては仕事を果たしたとは言える。だが、それでは来季を見据えられる体制と評価するのは難しいというのが、清水社長の言う「総合的な判断」ということになるのだろう。
良い面だけを見れば、相馬や森下、藤井にピサノなどA代表に若手を次々と送り込み、クラブ史に残るタイトルを獲得し、永井や和泉などクラブのバンディエラとなる選手を復帰させたことも、この体制における遺産として大きい。今季も森島をボランチとして覚醒させ、時代の顔となる選手の成長を促進している。
もちろん結果がすべての世界だけに、この4年間の目標設定に対しても、純粋な順位の数字にしても、ルヴァンカップ優勝のタイトルはあったにしても、大成功とは言えない成績ではあった。2年目が始まる時点からは常に「リーグ優勝」「アジアの出場権」を公言してきたことも、その失望感を増幅し、今季は「マテウスで役者は全員揃った。今シーズンは皆さんの期待している“結果”を出さないといけない」と語気を強めていただけに、総じてがっかり感も強い4シーズンであったとも言える。
良い時のサッカーは躍動感があり、攻守にアグレッシブさを存分に発揮するのだが、悪い時にはその積極性が消極性へと裏返ったかのように後手に回る。苦しい時に踏ん張り切れないのが悪い時の長谷川グランパスで、それが日々のトレーニングに根差したものなのか、若く経験の少ない選手の多い陣容に起因するものなのか。シーズン中はほぼ非公開練習だったチームにあっては、それを伺い知ることもできなかったが、どちらかだけということではなかったと、今ここに至っては思う。試合は練習の延長線上にあり、公式戦を戦うのはピッチにいる選手だけだからだ。責任がどちらかだけにあるということは、ない。
長谷川体制が遺したものと言えば、名古屋に発展的な継続性をもたらした点にもあると思う。直近で言えば、風間八宏監督からマッシモ・フィッカデンティ監督へのシフトはスタイルやプレーモデルを根本からひっくり返すようなところがあり、同様のことは過去の名古屋のクラブ史の中でも繰り返されてきたことだった。
戦い方は監督のカラーによるというのは正論でも、そこで犠牲になるのは選手の個性であり、この監督では重宝されても、この監督ではまったく使われないでは、選手獲得も編成も、チームカラーや“バンディエラ”という観点からしても、クラブ作りが安定しない。
長谷川監督は就任当初から「前任のマッシモ監督のストロングである守備というところの良い部分は残しながら、アグレッシブに前からどんどん奪いに行くような戦い方をします。そのメリハリの部分は今までと同様です。行く時は行く、構える時は構える、そのやり方で名古屋も戦っていきたい」とし、前2年で堅守の実績とイメージを築いたチームに、プラスアルファで戦っていくことを明言していた。
その後、前任者によって植え付けられた、あまりにも後ろに重たい守り方を前方に押し出していくよう仕向け、特に守備の選手の入れ替わりが激しかったこの4年間を経ても、オールコートマンツーのようなプレッシングスタイルとリトリートの使い分けは、一応の形を成してはいる。
ここには賛否両論あるかと思うが、これも監督の口癖である「あの決定機が決まっていれば」が正の方向に転んでいた割合が多ければ、もっと納得感のあるものになっていたと思う。守りに守って少ないチャンスをモノにして勝つサッカーから、守備にもしっかり意識を置きながら、攻守一体の部分をより相手ゴールに近づけていくチャレンジをし続けたなかでは、やはりゴールが仕留められたかどうかが命運を分けた。
来季の新体制がどのようなものになるかは、いまだ不明瞭なところがあるが、よほどの選手入れ替えを敢行しない限りは、現体制に連なるアグレッシブなスタイルを標榜する監督に白羽の矢が立つことにはなると見られる。
インテンシティの高い、ボールとゴールを奪いに行くようなサッカーはJリーグが掲げるコンセプトにも同調し、名古屋が抱える選手たちの特徴にもしっかりはまるのは火を見るより明らか。そのうえで新指揮官の色合いに選手たちがどう反応し、どんな化学変化を起こして、より良い集団になっていけるかを、今は期待したい。
そうなれば長谷川監督の仕事もまた、クラブ史の一部にできる。この4年間もまたクラブの礎として積み上げて、次の時代を築いていける。
取材・文●今井雄一朗(フリーライター)
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