用済みのヒーロー(炎症細胞)にはさっさと退場してもらう

炎症細胞である好中球が、なぜ回復を遅らせていたのか?
研究者たちは、マウスの筋肉の元となる細胞(筋前駆細胞)に好中球を加えるという細胞レベルの実験を行い、謎の解明を試みます。
すると、好中球は筋肉の元となる細胞(筋前駆細胞)を増殖させる能力が高い一方で、増えた細胞が適切な筋肉の形に変化する(分化する)速度を低下させていることを発見します。
筋肉が回復するには、筋肉の元となる細胞が増えて母数を増やすだけでなく、適切な部位の筋肉(この場合、脚の筋肉)に変化する必要があります。
つまり好中球は元となる細胞(筋前駆細胞)の母数回復を優先させることに専念し過ぎることで、回復全体の進行速度のボトルネックとなっていたのです。
このような好中球の働きは、非衛生的で病原体が存在する環境での怪我では確かに有効です。
好中球は元細胞の母数回復を促すだけでなく、病原体を殺す能力があるため、野生の厳しい環境では1人2役以上をこなすヒーローとなりえます。
しかし、医療技術が発達した衛生的な環境では……用済みのヒーローはさっさと消えることが重要なようです。
研究者の1人は「炎症反応は治療の初期段階にとっては依然として重要な存在ですが、再生プロセスの効率的な実行には、炎症が迅速に消えることも同じくらい重要です」と述べています。
どうやらマッサージの効果は「役割が終わった炎症物質や免疫細胞を洗い流し再生プロセスを前倒しにすること」に本質があったようです。
しかしこの段階でも、完全な証明には至っていません。
マッサージが炎症因子を洗い流し回復速度を促進しているようにみえているのは事実です。
しかし肝心の「用済みの炎症因子(好中球など)を除去することが回復を改善するのかどうか」については、証明されていません。
つまり最後の線がつながっていないのです。
ここで実験をやめてしまったら、否定派は必ずこの部分を攻撃してくるはずです。
そこでハーバード大学の研究者たちは、最後の実験に挑みました。
最高の治療効果を得るには3日目に好中球を排除するといい

マウスのマッサージ実験を繰り返すなかで、研究者たちは炎症因子となる好中球の排除が、筋肉の損傷後3日目に開始されることが、最速の治療に結びつくことを発見します。
そこで研究者たちは損傷から3日経過したマウスの血液を操作し、マッサージを行わずに好中球だけを血中から排除してみました。
すると好中球の排除を受けたマウスは、そうでないマウスに比べて大きな筋線維のサイズをともなった大きな強度回復を示しました。
この結果は、好中球の存在は回復初期に必要であるものの、途中から排除することで筋肉の再生速度が改善されることを示します。
マッサージの代りに、マッサージがするはずだった好中球の除去でも回復が改善されたのです。

