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奇跡の脱北起業家〈第6回〉なぜ彼女は「平壌冷麺」と海を渡ったのか(1)致死量のアヘンを隠し持って

奇跡の脱北起業家〈第6回〉なぜ彼女は「平壌冷麺」と海を渡ったのか(1)致死量のアヘンを隠し持って

 ついに運命の日がやってくる。最愛の母に別れを告げ、ヨンヒは「脱北」へ向け、周到な準備をした。金正日お抱え占い師のアドバイスまでもらって。好評連載第6回は、生死の境をさまよいながら国境の川を越え、広い世界にたどりつくまでのドキュメント。

 いまもヨンヒはイチョウの木を見るのがつらい。あれは2015年5月3日の朝だった。日曜日とあって平壌市内は革命歌を歌いながら隊列を組んで通学する小学生や職場へ急ぐ労働者の姿はない。やたらと耳にこびりつく宣伝放送も流れてこない。しーんと静まりかえっていた。だが、彼女にとっては祖国を捨て、もっと広い世界に生きるための旅立ちの朝、死ぬことすらありうる悲壮な覚悟にドクンドクン胸の鼓動が鳴りやまぬ特別な朝だった。

 前夜遅くまで、平壌駅のそば、平川区域にある11階建てマンション3階の一室は騒がしかった。ヨンヒが自宅で大学の友人の誕生会を開いていたのだ。集まったのは9人、カップルもいた。市場でコロッケ、いなり寿司、ケーキも買い、得意のチャプチェは手づくりした。ビールや焼酎をたっぷり飲めば、カラオケになる。北朝鮮製カラオケマイク「メアリ」を奪いあうように中国語や英語の歌まで飛びだす。ちょっとしたのど自慢大会になったが、友人らはヨンヒが脱北するなど知るよしもなかった。

「ほんの数日前に私も24歳の誕生日を迎えたばかりでした。これが最後だなと思いっきりみんなでわいわい楽しみましたが、お開きになったあとはママと2人きり。ママは黙ったまま多くをしゃべりません。成功を祈っているけれど、お願いだから、どんなことが起きようと自殺だけはしないでね、と何度も念を押されました。私はただわんわん泣くだけ。その夜はママと一緒に寝ました」

 ブローカーからは咸鏡南道の咸興で待っているとの連絡が入っていた。午前10時に出るという個人が運営する咸興行きのバスに乗るため、ヨンヒは統一通りにあるバスターミナルへ向かった。

「目立たないよう私はひとりタクシーに乗ったんです。マンションから出るときれいなイチョウ並木が続いていて、ママとはそこでバイバイしました。泣いたりしたら運転手さんに怪しまれるからママはただ笑って手を振る。私もぎこちない笑顔を返すのが精いっぱいでね。するするとタクシーが動きはじめ、しばらくして振り返ったら、イチョウの木の下でママがうずくまって、泣きじゃくっている。どんどんママが小さくなっていく。きっとまた会えるから、きっと‥‥。心のなかで私はずーっと唱えていました。だから、イチョウを見るたび、あのときのママが浮かぶんです」

 バスに揺られ10時間、咸興に着くと、国境に近い両江道恵山からブローカーがワゴン車で迎えにきていた。幹部の車らしく、検問所ではナンバーをチェックするだけでフリーパスだった。恵山の隠れ家で1週間ほどすごし、さらに北寄りの普天にいる別のブローカー宅に移った。雨が降りしきっていた。口にしたのはジャガイモご飯のみ。ふと庭を見ると、真っ赤な花が咲いている。ケシだった。

「アヘンですよ。黒っぽいグミみたいにねちゃねちゃした小さな塊をブローカーから30ドルで買いました。致死量です。自殺だけはしないでと言ったママの声が聞こえるようでしたが、やっぱり、もし失敗したら、家族がとんでもないことになるのはわかっていましたから」

鈴木琢磨(すずき・たくま)ジャーナリスト。毎日新聞客員編集委員。テレビ・コメンテーター。1959年、滋賀県生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒。礒𥔎敦仁編著「北朝鮮を解剖する」(慶應義塾大学出版会)で金正恩小説を論じている。金正日の料理人だった藤本健二著「引き裂かれた約束」(講談社)の聞き手もつとめた。

写真/初沢亜利

配信元: アサ芸プラス

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