朝は棚田での農作業、午後はサッカーの練習に勤しみ、ある日にはアート作品の運営を担う……そんなユニークな日常を送っているのが、新潟県の十日町市を拠点とする女子サッカーチーム「FC越後妻有」だ。彼女たちが暮らす通称・越後妻有地域は、世界的に知られる現代アートの祭典「大地の芸術祭」の舞台であると同時に、過疎や棚田の担い手不足といった課題を抱える地域でもある。その地で選手たちは、農作業や芸術祭の運営をしながらチーム活動を続けているのだ。サッカーと農業、そしてアートが交差する、ここにしかないライフスタイル。その日々は、どんな景色を描いているのだろうか。前編と後編に分けてお送りする。
棚田の危機を救う「大地の芸術祭」から誕生した唯一無二のサッカーチーム
越後妻有の街中や里山風景の中に、アート作品が点在している(写真提供:大地の芸術祭)左上)内海昭子「たくさんの失われた窓のために」Photo T.Kuratani
右上)マ・ヤンソン / MADアーキテクツ「Tunnel of Light」Photo Nakamura Osamu
左下)草間彌生「花咲ける妻有」Photo Nakamura Osamu
右下)レアンドロ・エルリッヒ「Palimpsest: 空の池」(建築:原広司+アトリエ・ファイ建築研究所)Photo Kioku Keizo
広大な里山を舞台に、数々のアートが点在する新潟県の越後妻有(えちごつまり)地域。日本での芸術祭の先駆けともいえる「大地の芸術祭 越後妻有 アートトリエンナーレ」(以下「大地の芸術祭」)の舞台となっている、十日町・津南エリアを指す名称だ。3年に1度の芸術祭開催年には、国内外から50万人以上の人々が訪れる。芸術祭が大切にしていることは、地域課題の解決と、そこに生きてきた人の旗印を掲げ続けること。訪れた人々は、美しい里山の風景に点在する300以上のアートを巡りながら、越後妻有の息吹を感じることができる。
季節によって表情が豊かに変わる星峠の棚田越後妻有地域の風景を作り出す一番のシンボルともいえるのが、山の斜面に広がる棚田だ。しかし現在、若者の都市部への流出を原因とする過疎・高齢化が進んだことで、米作りの担い手が減少し、その存続が危機に瀕しているという。
そこで、担い手となる人を呼び込む方法として発案されたのが、FC越後妻有である。若いサッカー選手が移住して、練習に励みながら農業に取り組むことが、一つのキャリアモデルになるのではないか。そんな期待を込められて、FC越後妻有は「大地の芸術祭」から派生したプロジェクトの一環として、2015年に発足した。選手たちは「大地の芸術祭」を運営する団体・NPO法人越後妻有里山協働機構の一員となり、サッカーの傍ら、棚田の維持管理やアート作品のメンテナンスをするのだ。
「なんだかおもしろそう」という好奇心に背中を押され
稲刈りをする山下由衣選手今回お話を伺ったのは、FC越後妻有の元井淳監督と、MF(ミッドフィルダー)のポジションを務める山下由衣選手。大阪出身で、埼玉でもプレーしていたという山下選手は、十日町にサッカーチームがあることを全く知らなかったという。FC越後妻有を知ったのは、大学卒業後の進路に迷っていたタイミングで、知人に声をかけられたことがきっかけだった。知らない場所に飛び込みたくなる性と「なんだかおもしろそう」という好奇心にも背中を押され、入団を決めた。
「経験こそなかったものの、祖母がトマト農家で働いていたこともあり、幼い頃から農業を身近に感じていました」(山下さん)
