いつでもどこでも美味しいコーヒーがリーズナブルな価格で飲める時代になった。だからこそ、味だけで勝負する店は生き残れない。例えば、世界的成功を収めるスターバックスが売っているのは、コーヒーそのものではなく「体験」の提供だ。では、これからのコーヒービジネスでは美味しさの先に何を考えればいいのか。
その戦い方をワールド・バリスタ・チャンピオンが解説した『教養としてのコーヒー』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全4回のうち3回目〉
体験を売るスターバックスに学ぶホスピタリティ
コーヒービジネスの世界的成功例といえば、スターバックスがまず挙がるでしょう。人気であり続けるのにはやはり理由があると感じます。スターバックスはコーヒーのみならず「体験」を売っているから、強いのです。
現在、世界に6店舗ある「スターバックス リザーブ® ロースタリー」をご存じでしょうか。店内で焙煎された最上級のコーヒーを味わえる場所ということですが、フロアごとにテーマがあり、コーヒーにまつわるテーマパークさながらです。
東京の中目黒にあるロースタリーは、4階建てで延床面積は2966㎡もの広さがあります。1階には大きな焙煎設備があり、地下の倉庫から運ばれてきた生豆を焙煎する様子を見ることができます。そして、目の前でバリスタが抽出をしてくれるのです。
こういった演出、空間づくりは本当にうまいと思います。
それだけではありません。
スターバックス リザーブ® ロースタリーが初めてできたのは、2014年のシアトルでした。当時私は、コーヒー業界の有名人たちと一緒に早速行ってみました。「すごい空間だね」なんて雑談しながら座っていると、店内の回転掲示板にこう出てきたのです。
「Welcome WCE All Stars」(ワールドコーヒーイベントのスターたち、ようこそ)
ほかのお客さんには何のことかよくわからなかったかもしれません。ただ私たちだけに向けて、そう掲示してくれたのです。このホスピタリティには感激しました。カップにお客さんの名前とメッセージを書くサービスの延長にある、スターバックスらしいサプライズです。
スターバックスのコーヒーを悪くいう人もいますが、コーヒー自体の品質があまりに悪ければ、そもそもお客さんも来ないでしょう。
ただ、これだけ長く愛されているブランド力は、コーヒーの魅力だけで培われたものではないはずです。現に、コーヒーのプロである私たちも、空間や演出に圧倒され、虜にされたのです。スターバックスなど人気のコーヒーストアに対し、「コーヒー自体は普通だよね」と口にする人もいますが、とんでもないことです。彼らのスタイルには学ぶところがたくさんあるはずです。
ブランド化していくリテール
なぜ、スターバックスのようなブランド化が重要なのか。
私は、ますますブランド化が物をいう時代になってきたと感じます。
というのも、昔は上質なコーヒーがなかなか手に入らなかった時代もありましたが、いまはコンビニでも自動販売機でも手に入ります。家でも本格的なコーヒーを淹れることができるマシンが普及しているくらいですから、本当にいつでもどこでも美味しいコーヒーが飲める時代です。
そう、「いつでもどこでも美味しいコーヒー」の価値が相対的に下がっているのです。
だからこそ、リテールもブランド化がとても重要です。スペシャルティコーヒーはブランド化が進んでいますが、いい豆をただ売ればいいわけではありません。それを消費者にどのような演出で提供していくのか。今後はそちらのほうも重要になるのではないでしょうか。
スターバックスやブルーボトルコーヒーといったアメリカ発のリテールは、まさにブランド化に成功しているリテールです。
日本にも、おもしろいコーヒーショップがあります。たとえば福岡には、Tシャツやマグカップなどのオリジナルグッズを強く展開しているユニークな専門店があります。2015年12月のオープンの日に長蛇の列ができるほど、オープン前から話題になっていました。
この店のオーナーは、コーヒーをコミュニケーションツールとしてとらえ、コーヒーを軸に新たなライフスタイルを提案しています。コンバースなどとのコラボ商品といった新たな導線をしかけ続けることで、うまくファンを増やし、育てているなと感じます。
美味しいコーヒーが普通になってしまったいま、美味しいコーヒーの先に何を提供するか。美味しいコーヒーだけ作っていればいいという職人的なバリスタ、店舗はこれから厳しい戦いを強いられるでしょう。

