勝負は紙一重の差でわかれる。
11月15日、カーディフはプリンシパリティスタジアム。ラグビー日本代表は、戦前の世界ランクで1つ上回る12位のウェールズ代表を2点だけリードしてゲームの終盤に突入した。ノーサイドまであと3分を切ったところで、向こうの反撃と対峙していた。
「ノーオフサイド! ノーオフサイド!」
中継映像に声を拾われたのは、おそらくスクラムハーフの齋藤直人だ。
反則にならない立ち位置を保ち、我慢して守るための注意喚起である。やがて味方がインターセプトしたため、敵陣中盤で攻撃権を得られた。
ここで残り時間は約2分。齋藤は、接点に収まったボールを右にさばく。そちらへ回り込み、再びパスをもらってせり上がる相手の背後へ足で転がす。右コーナーへ弾ませる。
端側にいたウイングの植田和磨はその弾道を追っていて、そのあたりに相手はいなかった。
楕円球のバウンドと、植田の駆け込むタイミング次第で追加点が狙えそうだった。結局、それは未遂に終わり、球はタッチラインの外へ出たものの、敵陣ゴールのかなり深い位置でリスタートできた。
ウェールズ代表としては、ラスト2分を切ったなかで約90メートルを挽回せねば勝ち越せない。齋藤のジャッジにより、日本代表はチェスでいうチェックメイトの状態を作れたと言える。
しかし結局は、ネット上に結果論の渦を作る。
最後は必死に攻めるウェールズ代表へ、日本代表が危険なプレーと捉えられるタックルをしてしまう。ラストワンプレーは自陣22メートルエリア右での防御局面となった。
白星が見えたウェールズ代表はモールを組み、レフリーの「ユーズイット(展開を促す指示)」のコールも無視して突き進んだ。かといってレフリーがそれを咎めるでもなく、逆に日本代表がさらなる反則を取られた。
ペナルティーゴール成功で決着。23―24。日本代表はあと一歩のところで敵地での勝利を逃した。
今度の結末を受け、ひとつのよい判断が議論の対象となった。あの瞬間、齋藤がいったん掴んだ自軍ボールを手離したシーンである。
そのまま接点を連取し、ノーサイドを迎えられなかったのかというのが、懐疑派の意見だろう。
そしてそのグループは、ある事実と、ある現実をどこまで考慮しているかはわからない。
陣地を奪い合うこのスポーツで首尾よくエリアが獲れた事実と、2分以上にわたって上位国のプレッシャーに耐えながら同じ動きを反復するのとて簡単ではないという現実を、である。
本人はどう振り返るか。2日後のオンライン取材で自身の決断の根拠を示し、かつ、エディー・ジョーンズヘッドコーチらとの会話を引用して真摯に振り返った。
どちらの考えも一理ありとするのが、この人なりのラグビーへの敬意である。
「ボールキープするには2分は長いと(スタンドオフとの)ハーフ団で共有していた。僕としては、残り2分で——(最初から)タッチを狙ったわけではないですけど——相手ボールであっても敵陣の奥深くにいられるのはポジティブだと思っていました。ただ、試合後にエディーさんなどと話して『あそこはボールを持っておくことがベストオプションだったんじゃないか』と。僕自身も、いま振り返って、あそこからフェーズを重ねられて逆転に至ったという面では…。次に同じ状況になった時に、同じことを繰り返さないようにしたいです」
フランスのトゥールーズで2シーズン目の28歳。代表のリーダー格でもあるこの人が気にするのは、ひとつのプレーの是非よりも、全体傾向から見える検討課題である。
複数のチャンスを逃したのを「常に集中はしていますが、そのなかでも『ここが本当にチャンス。ここでスコアをすることで試合の流れを持ってこられる』という認識を全員で持てれば」とする一方、「おそらく、全員が全員、急にプレー中にそれを察知するのは難しい」。まずは自分のような先導役が、妥当なプレー選択で周りをドライブしたいと語る。
普段しないようなペナルティーの連続が失点を招いたことへは、こうアンテナを張る。
「前回(ウェールズ代表戦)のメンバーは、『ひとつのペナルティー、ひとつのミスで大きな流れを持っていかれて、それが勝敗に繋がる』という経験をした。ここから、ディシプリン(規律)に対してどれだけ危機感を持って取り組めるか(が鍵)」
失意の黒星を糧に次戦を見据える。取材時の滞在先は東欧。22日に大型フォワードを擁するジョージア代表とアウェーでぶつかる。
10月下旬からの対強豪国5連戦は4連敗中だ。ハイテンポなパスさばきでもならす努力家は、結果論者に好結果を差し出せるか。
取材・文●向風見也(ラグビーライター)
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