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「女子高生1人は危ないって」「大人は何してんの」 ツッコまれ続ける『竜とそばかすの姫』終盤展開にはどんな意図があったのか

「女子高生1人は危ないって」「大人は何してんの」 ツッコまれ続ける『竜とそばかすの姫』終盤展開にはどんな意図があったのか


映画『竜とそばかすの姫』ポスタービジュアル (C)2021 スタジオ地図

【画像】え、「こんな商品あったんだ」「ブラもショーツも色が凄い」 コチラが『竜とそばかすの姫』と下着メーカーのコラボビジュアルです

ネットやSNSだけでは解決できない問題は確かにある

 2025年11月21日の金曜ロードショーで、細田守監督作『竜とそばかすの姫』が放送されます。同作は主演の中村佳穂さんの歌唱と演技、仮想空間「U」の圧倒的な映像表現などが称賛される一方、終盤の展開には「ツッコミどころ満載」「粗い解決手法で冷めてしまった」「細田監督は昔のように脚本を別の人に任せてほしい」といった批判意見が相次いでいました。

「映画.com」のインタビューで、細田監督は「ラスト付近の一種の葛藤はこの映画にとっての芯の部分で、そこを描くことで物語が着地するんだと考えながら作っていたところがあります」と語っており、確かに主人公「すず」の物語の帰着として「描くべき」ことがそこに集約されていたと思います。

 ただ、その上で見た多くの人が納得できない展開になっていたのも事実です。また、現実にある深刻な問題への不誠実さを感じた人の意見もありました。筆者個人としては、細田監督が伝えたいメッセージや意図の切実さを鑑みても、それは非常にもったいないことだと思います。

※以下の文では『竜とそばかすの姫』のラストも含むネタバレに触れています。

「自らの安全を顧みない危うさ」のある行動だとしても……

 クライマックスで、すずはふたりの子供を虐待している父親のいる東京まで、車と電車を乗り継いだ高速バスで「単独で」行ってしまいます。虐待の映像をすずと一緒に見ていたはずの「しのぶ」や、「カミシン」は(子供たちの居場所を突き止めてくれたものの)彼女についていかず、駅まで送った合唱隊の大人たちも「ひとりで大丈夫かなぁ」「すずが決めたんだから」と言っただけでした。

 大人たちが、まだ未成年の高校生である女の子をたったひとりで、子供を虐待をしている人間の元に行かせてしまうのは、不自然を通り越してもはや正気とは思えない判断です。直前に合唱隊のひとりが「至急保護していただきたい子供たちがいます」と児童相談所に電話をしていた矢先に、すずが高知から東京まで長い時間をかけて向かおうとするのも、矛盾しているように思えてしまいます。

 後述するように、このすずの行動は、母が亡くなったときの行動とも一致している、彼女の「自らの安全を顧みない危うさ」や、「正しくなさ」をも意図的に示したものでしょう。しかし、そうだとしても、脚本上での工夫はもっとできたはずです。

 たとえば、「すずが大人たちの静止を振り切って、ひとりで行ってしまう」「しのぶやカミシンも、一緒に行く」「子供たちは高知や四国内など、すぐに行ける場所にいる」など、飲み込みやすくする方法は思いつきます。

意志そのものは尊いが、現実的な問題への対応とはズレている

 一方で、このクライマックスで描かれているのは、ストレートに「具体的な方法で誰かを救う」という尊い行動です。

 すずの母は、川で子供を救ったことと引き換えに命を落としてしまいます。ネットでは、「他人の子供を助けて死ぬなんて、自分の子供に無責任だ」「人助けなんて、善人ぶりからこうなるんだ」などと、勝手な言い分が書き込まれていました。

 そのため、すずは「母さんはなぜ私を置いて川に入ったのか」「なぜ私と生きるよりも、名前も知らないその子を助けることを選んだのか」「なぜ私はひとりぼっちなのか」と問い続けていたのです。

 一方、「竜」の正体で、虐待されている14歳の少年「恵(けい)」は、すずたちに「助ける助ける助ける。何度も聞いた」「何ができるっていうの。何も知らないくせに」などと口にしていました。

 すずは恵の切実な言葉を聞いて、それが危険だと知っていてもなお、彼の元まで行くという具体的な行動を起こします。そして、それが母がかつて他人の子供を助けたときの気持ちと同じだと気づきました。この展開自体は、確かに尊いものではあるでしょう。

 しかし、現実的に見れば、恵とその弟を救うべきなのは、個人の力ではなく、やはり児童相談所や行政などの公的な機関のはずです。にも関わらず、最後に恵に「きみの立ち向かう姿を見てハッとした、僕も立ち向かわないといけないと思った。だから戦うよ」と言わせてしまうのは、やはり本質的な児童虐待の問題とは大きくズレてしまっていると思います。「戦わずに福祉を頼って守られてほしい」と願ってしまうのです。

「ネットを肯定的に描いている」と言えるワケ

 ただ、「クライマックスの展開がおかしい」と批判するだけというのも、またもったいない話です。『竜とそばかすの姫』は現在のインターネットやSNSが当たり前になった世界で、とても重要なことが訴えられていますし、「最後に現実ですずと恵が出会いお互いに励まし合う」ことそのものには、確かな意義があると思えるのです。

 劇中では、すずの母への誹謗中傷や、竜の正体にまつわるデマの流布、自分たちを正義だと信じてきっている自警集団など、ネットのネガティブな面や悪意が、極端なまでに描かれていました。しかし、細田監督は種々のインタビューで、「(本作では)ネットを肯定的に描いている」と発言しています。

 たしかに、すずと恵が出会えたのもネットの世界があったからです。すずは絶大な人気を誇る歌姫「ベル」になることができました。また、恵はその反対に「U」のなかでは嫌われ者でしたが、すずは「あんなにアザだらけなんだ」と彼の「痛み」に気付くことができました。

 また、「季刊エス」のインタビュー記事では、細田監督は「インターネットは嘘で、現実が本当なんだ」というのは、くだらない旧態依然とした考え方ですよね」「一見かりそめに見えるもう一人の自分が、現実の自分を強くすることがあると思う」とも語っています。

 たしかに、劇中ではネットやSNS上での自分を「嘘」ではなく「もうひとり(あるいは真実の)自分」として描いていました。このことに、勇気や希望をもらえる人もいるはずです。

 その上で、ネットやSNSだけでは解決できない問題があることも事実です。だからこそ、細田監督はすずが大切な人である恵の元に行き、力になろうとするという、現実での具体的な行動を描いたのでしょう。

『竜とそばかすの姫』は、ネットにはネガティブな面や悪意がある一方で意義もあり、そして誰かを救うための意志と行動はやはり尊いのだと気付ける作品になっているのです(それでも「児童虐待の問題は公的な機関を頼って!」とより思ってしまうのですが)。

配信元: マグミクス

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