どこか昭和レトロの味わいの「ナポリタン」。気取らず、どんな食卓にも似合う不思議な料理です。
この名前からイタリアのナポリで生まれた料理だと勘違いしそうですが、もちろん日本生まれ。横浜の「ホテルニューグランド」が発祥だと言われています。ここは山下公園の真向かいに建つ老舗ホテルで、昭和初期から外国人客を多く迎えてきました。マッカーサーが滞在したことでも知られ、西洋文化をいち早く取り入れた、いわば日本の洋食の原点のような場所。戦後、進駐軍が残したスパゲッティを2代目総料理長の入江茂忠氏が「ホテルで提供するにふさわしいスパゲッティ料理を作ろう」と苦心を重ねて生み出しました。ナポリタンといえば、トマトケチャップのイメージが強いですが、「ホテルニューグランド」は、生トマトやトマトペーストなどが使用されています。その後、日本の食卓でもすっかり定番メニューになり、今では誰もが知る“国民的パスタ”になっています。
多くの日本人にとってナポリタンと言えば、やはり喫茶店メニューでしょう。銀色の楕円形ステンレス皿を使用しているのもいい。ケチャップ味でジャンキーなのに、どこか懐かしくて品もあります。数年前には、そんな“昭和風ナポリタン”を復刻する喫茶店が増え、一大ブームとなりました。私たちの世代が「懐かしい」と感じる味が、今や“新しいもの”として若い世代にも受け入れられているのです。
手軽さこそナポリタンの魅力のひとつ。もちろん自宅でも簡単に作れます。ここで「弘兼流・ナポリタン」をお教えしましょう。
なにはともあれ欠かせない具材がウインナーと玉ねぎ。冷蔵庫にピーマンなどの野菜があればそれらも加え、おろしにんにく(チューブで可)とケチャップで炒めます。野菜に火が十分通ったら、そこに茹で上がった麺を投入し、麺に軽く焦げ目がつくまで炒めます。
どうです簡単でしょう。特にコツなどはありませんが、あえて言うならひとつだけ。フライパンで完成させるパスタ料理の場合、普通は麺を規定の茹で時間より30秒から1分ほど短く茹でてからフライパンで炒めますが、ナポリタンの場合は規定通りの時間で茹でます。水分や油を吸って少し膨らんだ麺のほうが、もちっとするからです。
手早く作りたい場合は市販のレトルトソースを使用します。私は、“ナポリタンだけを食べる”というよりはハンバーグの横に添えることが多いです。さらに、目玉焼きを乗せ、レタスなどの野菜を添えれば、あれ不思議、ファミレスなどでよく見かける立派な洋食の出来上がり。
恐らく私の、ナポリタンとの最初の出会いもこれだったのかも。子どもの頃、親に連れて行ってもらったデパートのレストランでお子様ランチを頼んだ時に、やはりハンバーグの横にナポリタンが少しだけ添えられていました。その時の記憶が今でも残っているのかもしれません‥‥。
ナポリタンは、昭和、平成、令和と時代が変わっても、あの赤いソースの香りを嗅ぐだけで少し安心するのは私だけではないはずです。ナポリタンには、そんな“日常のやさしさ”が詰まっているのだと思います。
弘兼憲史(ひろかね・けんし)1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒。松下電器産業(現パナソニック)に勤務後、74年漫画家デビュー。以来『課長 島耕作』『黄昏流星群』などヒット作を次々生み出している。07年には紫綬褒章を受章。

