「謀略の技術 スパイが実践する篭絡(ヒュミント)の手法」
稲村悠/1155円・中公新書ラクレ
世界各国で機密を巡る情報戦が激化する中、「人的諜報手段」こそ最も効果的な手法だと指摘するのは、元公安捜査官の稲村悠氏。日本の諜報活動の実態はどうなっているのか? スパイの最新事情を解き明かす!!
名越 本書はスパイが実践する諜報活動の手法が具体的に紹介されています。まず、執筆された動機を教えてください。
稲村 私はもともと警視庁公安部で諜報活動の捜査に従事した経験がありました。その時、なぜ人は組織を裏切ってまで敵対組織の諜報活動に協力するのか疑問でした。その後、退職して民間企業の技術流出対策をご支援するようになってからも、諜報活動で籠絡されるケースが大きな課題となっていました。こうした経験から、人が組織を裏切る動機の形成過程を解き明かし、紹介したいと思って書きました。
名越 スパイ活動には情報収集が不可欠です。現在の諜報手法の中心を教えてください。
稲村 目下最大の手法はサイバー空間での活動です。しかし、協力者などの「人」を介して情報を得る「ヒュミント」もいまだ行われています。
名越 最近はメディアなどの公開情報から集める「オシント」、通信などを傍受する「シギント」などが中心だと思っていましたが、昔ながらの手法ですか。
稲村 確かにオシントやシギントによる情報収集は、今も主たる手段ですし、容易に国境を越え、かつ低リスクです。ただし、真にコアな情報は、公開情報や通信に存在しないケースもあります。
名越 個人情報の管理に社会がより敏感になっています。特に官僚や政府関係者は、自分がどんな活動をしているかを公言しない。ネットで安易に情報をアップするようなことは確かにしないでしょうね。
稲村 かつて「美しすぎるスパイ」と言われたロシアの女スパイ、アンナ・チャップマンもオンラインで初期接触を図っていましたが、そこで信用を得たあとに、実際、接して情報を入手していました。現在は、ヒュミントもオンライン上で展開されるのがメインとなっています。
名越 戦後、日本でスパイ活動をしていたのはソ連・ロシアが中心でした。今でもロシアに協力する日本人はいますか。
稲村 ウクライナ戦争勃発後はロシアによる諜報活動は激減しましたが、再び復活していると聞いています。最近もロシアのスパイが東欧の人間を装って、日本人技術者にアプローチしていた事案がありました。知的好奇心から情報交換を始め、そこから搦からめ捕られていったようです。
ゲスト:稲村悠(いなむら・ゆう)一般社団法人・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事、FortisIntelligence Advisory株式会社代表取締役。1984年生まれ。大学卒業後、警視庁に入庁。刑事課を経て公安部捜査官として諜報活動の捜査に従事した経験を持つ。警視庁退職後は、不正調査業界で活躍。その後、大手コンサルティングファーム(Big4)にて経済安全保障対応に従事。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。

