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「命と向き合う「猟師」のリアル」矢野 隆×よじょう(お笑い芸人・ガクテンソク)『猪之噛』刊行記念対談

「命と向き合う「猟師」のリアル」矢野 隆×よじょう(お笑い芸人・ガクテンソク)『猪之噛』刊行記念対談

歴史時代小説の書き手である矢野隆さん初の現代小説『猪之噛』(「噛」は旧字)。
狩猟をテーマに、猟師たち、そして山と共に暮らす人々の生きざまを描いた作品です。
猟師といえば、昨今お笑い芸人の間で狩猟免許を取られる方も増えているんです。
今回はそんなブームの火付け役でもある、ガクテンソクのよじょうさんをお招きし、狩猟の今、そして『猪之噛』の魅力について語っていただきました。

構成/集英社文芸編集部 撮影/西岡泰輝

――よじょうさんは現在、どのような猟師生活を送られていますか?

よじょう 僕は基本的に猟期(原則として11月15日〜2月15日)に合わせて、仕事の休みをまとめて取って、兵庫県と山梨県で狩猟をしています。兵庫には師匠がいて、空き家を月5000円で借りて、そこを拠点にしています。今年は山梨でも狩猟登録をしたので、これからが楽しみなところですね。
矢野 ご自宅の近くではなく、山に入って活動されているんですね。
よじょう そうです。生まれは兵庫県宝塚市の方なんですが、そこから養父市まで行って、師匠と一緒に猟に出ています。

――矢野さんも、今回の執筆にあたって、猟友会の方々などに取材されたそうですね。

矢野 はい。確かに地方では空き家が増えていて、都会に移った家族などが「使っていいよ」と言ってくれるケースも多いようですね。現役の猟師さんに読んでいただいて嬉(うれ)しいです。
よじょう 僕はまだ四年目なので、まだまだ見習いですよ(笑)。

――『猪之噛』を読まれて、どんな印象を持たれましたか?

よじょう めちゃくちゃリアルでした。実際に猟をしている人間から見ても、描写が本当にリアルで、むしろ勉強になりました。都会から田舎に移住して猟を始める明神マリアの姿も、僕の知り合いにそっくりで、「そうそう、こういう感じ」と思いながら読みました。

狩猟のリアルと『猪之噛』の描写

よじょう 物語の中で起こることが、実際に猟師として経験していなくても「多分こうなるんやろな」と思えるような描写ばかりでしたね。僕は基本的に流し猟をすることが多くて、作品の中で書かれている大規模な巻狩りには参加したことがあまりないんです。なので、本当に勉強になりました。
矢野 取材を通して、猟師さんたちの現場の話をたくさん聞かせてもらいました。巻狩りには実際に参加させてもらったんです。鹿のとどめを刺すところまで見たりして、命と向き合う現場の空気を肌で感じました。
よじょう 猪の描写もまた、猟師の先輩たちが言っているのと一緒だったので、そうそう、って思って読んでました。猪はまず牙なんですよね。師匠に言われたのは、猪はほんまわからへんけど、人間の内側に動脈通っているのを知ってる感じで、股狙ってくる、ということ。まさにそういった描写があって、読みながら恐怖を抱きました(笑)。
矢野 そう言っていただけて良かったです。猪の恐ろしさは多くの猟師さんから聞きましたし、「イノガミ」を盛り上げるためにもそこは容赦なく、本当の姿を描かなければと思っていました。
よじょう なによりも、こういった狩猟を題材とした作品を作るとき、どうしても獣との闘いにフォーカスするような作りになるんじゃないかなと思うんですね。もちろんこの作品も、「イノガミ」との対決はあるんだけれど、それ以上にどうやって害獣と向き合うのかという「リアル」が徹底されているように感じました。ほんまに、リアルやなぁって思いまくってました(笑)。
矢野 ありがとうございます。確かに、熊や猪などをハンティングする、といった、獣との対峙を中心に据える作品が多いと思います。それを描くエンタメとしての魅力もわかりますが、現代の狩猟の現実を描くべきなのではと、昨今の状況を見て思ったんですね。
よじょう 確かに、熊のこととかはもう無視できませんよね。実は昨日、狩猟関連の収録があったんですよ。最近になってまたさらに狩猟に関する仕事をいただくことが多くなっていて、世間の関心の高まりはそういったところからも感じます。
矢野 そうだったんですね。九州が舞台なので、対峙する獣は熊ではなく猪ですが、やはりその脅威は近いものがある。実際に大きな被害が出たときに猟友会はどういった対応をするか。役所はどう動くのか、法整備はどう変わっていくのか……。まさにそこを書いていきたかったんです。
よじょう すごく納得感がありました。行政のこともすごくしっかり書かれていますよね。
矢野 モデルとなった場所の役所に行きまして、農政課の方にお話をうかがったんです。農政課という、自治体運営の中でどうやって農業を活性化させていくかを担う部署で、その中に獣害の担当者が一人だけいる。なので、大きなテーマの中の一議題という扱いにはなっていますし、実際に獣害が起きたら駆除自体は猟友会に託す形になりますから、なかなか自治体全体を挙げて害獣問題に動くことが難しいようなんです。
よじょう 僕が行っている養父市の獣害担当の方からも、そういったことは聞いたことがありました。その方は、人手も足りていないから自分で狩猟免許を取っているんです。細かいところまで全部「リアル」が詰め込まれていて、本当に実体験を読んでるみたいでした。解体の描写もまるで教本みたいでしたよね。最初はびっくりするけど、猟師さんたちは淡々と作業を進めていく。そういうところもリアルでした。
矢野 僕も最初は「吐くかもしれない」と正直思っていたんです。でも実際に現場に行くと、獣の臭(にお)いというよりは肉の臭いで、意外と平気でした。おっしゃる通り、猟師さんたちは淡々と作業していくんですね。その姿には命と向き合う覚悟を感じました。
よじょう そうなんですよ。ほんま、生活という感じです。僕も初めて先輩たちの解体を見たときは、ちょっと衝撃でした。みんな、無碍にやってるわけではないんですけど、ほんまに作業として解体していく。首をばーんと切った後、僕はややぼーっとしながら、首飛んだで、こんなのどうするんだと思っていたら、ポーンと隅っこのほうに放り投げていく、みたいな。淡々と皮をむいて、不要な部分(非可食部)はぱっと取り分ける。なんだかあまりにも純粋な言葉ですけど、これが生きることなんだな、と感じたことは忘れませんね。
矢野 わかります。僕も、巻狩りに同行させていただいた後の解体で、同じような体験をしました。鹿五、六頭など、たくさん獲物があった狩りだったんですが、解体は自分が変に手伝うことのできない、触ってはいけないのではないかという何か神聖なものを感じてしまったんですよ。 

命を奪うということ

――よじょうさんが初めて獲物を仕留めたときのことを覚えていますか?

よじょう 覚えています。一頭目のときは、何かわからないけど「やってもうた」っていう興奮状態になって、その夜、吐きました。二頭目からはもう慣れてきましたけど、師匠には「かわいそうと思うより、ありがとうという気持ちでいかんとあかん」と言われました。
矢野 その感覚の違いを、作品の中でも描きたかったんです。猟師と、猟を知らない人との間にある温度差。例えば、優太というキャラクターが「なぜ殺さないのか」と問いかける場面などは、実際に猟師さんから聞いた話をもとにしています。
よじょう 猟師目線で読むと、優太にはちょっとイラッとしましたね。いや、ちょっとどころではないかも(笑)。でも、都会の人や、身近に獣害のない人たちから見たら、そういう感覚になるのもわかるんですよ。
矢野 狩猟免許を取られてから感覚が変わったところはありますか。
よじょう そうですね、現実的な問題として、獣害が出ている地域の人たちは本当に困ってるんですよ。現場の声を聴いたら、駆除してくれんとマジあかんようになってしまう、と強く感じる。もちろん獲りすぎはだめですけど、必要最低限の狩猟行為がなければ、人間の生活が立ち行かなくなってしまうんですよね。
矢野 そういった現実を目の当たりにすると、優太のような態度はちょっと受け付けられなくなりますよね。実際僕は今、田舎に住んでいて、しょっちゅう家の庭に鹿がいるんです。まだ目立った被害は出ていないけれど、人里も関係なく動物があふれてきている状態になっていることは感じます。
よじょう 作品の中にもありましたが、緩衝地がなくなってきてるんですよね。僕の先輩も言っていました。猟師の高齢化だけでなく、田畑の担い手の高齢化で、それらが放置されてしまって動物たちの住処(すみか)になっていってしまっているなど、人と動物の棲(す)み分けがどんどん曖昧になっているんです。

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