思えばシーズン終盤のこの時期は、常に坂本怜にとって、キャリアのターニングポイントたりうる何かが起こるタイミングだ。
2年前の17歳の日には、ワイルドカードを得て、兵庫、横浜、そして四日市と、日本のATPチャレンジャー3大会に連続出場。その初戦で内山靖崇と対戦した時、坂本は衝撃を受けた。
「相手のミスでしかポイントが取れないのに、ミスするまで粘ることもできなかった」
内山の矢継ぎ早の攻撃の前に、何もできずに喫した1-6、2-6の完敗。その敗戦を機に坂本は、自ら攻めるテニスへと大きく舵を切る。その決意が、翌2024年1月の全豪オープンジュニア優勝につながった。
昨年の11月末は、シーズン最後の大会である四日市チャレンジャーで頂点に立った。その数カ月前にプロ転向した坂本は、パナソニック創業者の松下幸之助の自伝を読み、「仕事とは、他者や社会から求められることで価値を持つ」と認識。「テニスを仕事とする」意義を知ることで、苦しい試合をも勝ち切り手にした初タイトル。優勝スピーチでは、「皆さん、おめでとうございます。皆さんは歴史が生まれる瞬間に立ち会いました」とユーモラスに語り、観客の祝福の笑いを誘った。
そして、今年――。彼は優勝賞金$14,200が書かれたボードを抱え、景品のセイコー高級腕時計を手首に巻いた。横浜慶應チャレンジャー優勝。それは今季2度目、通算3つ目のATPチャレンジャータイトルである。
今大会の準々決勝の内山戦は、坂本のこの2年の成長を測る格好のメルクマールだ。
2年前に完敗を喫し、プレースタイルを根本から変えることになった相手との再戦では、ファーストセットを3-6で失った。内山のサービスと安定したストロークを破れず、苛立ちを爆発させる場面もあった。
第2セットも早々にサービスゲームを失い、ゲームカウントは0-2に。ただスコアとは相反し、この時点になると坂本には「内山君のミスも出てきた。ワンチャンあるかも」と、反撃の糸口が見え始めていたという。相手の甘いサービスは見逃さず、数少ないチャンスを手にしての逆転勝利。それはこの2年間の、明確な成長の証でもあった。
準決勝のサンティラン晶戦でも、坂本は逆転勝利を手にする。この試合での第1セットは、相手のパワーショットとスライスの緩急に手を焼き、ミスが増えた。それでも第2セット以降は適応し、サンティランの派手なプレーにも動じることなく、淡々と勝利を手にした。
試合後の会見時。逆転勝ちの要因を「精神面の成長」と見る声に、坂本は小さな違和感を示す。
「精神的な部分もあると思いますが、昨日も今日もファーストセットでは、相手の球やプレースタイルに自分が追いつけなかったり、対応しきれなかった。そこから、少しずつ相手の癖みたいなのが読めてきた。自分のテニスが相手のテニスに合ってきて、セカンドセットの途中から自分のやりたいことができ始めている感じなんで、精神的にというよりも、ちゃんとテニスが噛み合ってきたのが一番の要因かなと思います」
「精神面」という曖昧な定義で済ませるのではなく、明瞭でロジカルな説明に、昨今の取り組みへの自信と矜持がにじむ。それは今季、新たに雇ったフェデリコ・リッチコーチと共に、重点的に取り組んできた点でもあるからだろう。
「ちゃんと考えてテニスしろって、コーチには言われ続けている」と坂本が明かす。
「大事なポイントなどで、一番理にかなった戦術をやり続けた方が、結局は勝つ確率が高くなるというのを散々言われていて。それが少しずつ自分なりに理解できて、まだたまにですが、試合でも出せるようになってきたかなと思います」
一昨年の敗戦とプレースタイルの転換。昨年抱いたプロとしての自覚。そして、今年の「考えるテニス」。それら過去2年間の集大成とも言えるのが、今大会の決勝戦だった。
対戦相手の内田海智は、今大会の3回戦で錦織圭を圧倒するなど絶好調。本人も「今は何を打っても入る気がする」と、コート上の姿にも語る言葉にも自信が満ち満ちていた。
坂本との決勝戦でも、内田の勢いは止まらない。多少体勢が崩れても、ボールをしばき相手コートに突き刺す剛腕が唸る。最近改善したサービスは、要所でエースとなった。そして心の余裕をそのまま映す、ドロップショットなどの洒脱なプレー。
第1セットは内田が6-4で先取し、第2セットでも幾度もブレークの機をつかむ。試合の流れは、完全に内田にあった。
それでも坂本は、タイブレークの末に第2セットを取り切る。特に、坂本と内田の両者が「試合のターニングポイント」に挙げたのが、坂本サービスの第7ゲーム、そして第11ゲームで迎えた2度の15-40だった。
坂本にとってはブレークの危機、内田にとってはチャンスだったこの場面で、坂本はいずれも好サービスを連発する。それも、内田がリターン時にフォアで強打することを読んだ配球。内田の一発の破壊力を承知し、「すごいのを決められたら、しょうがない」と割り切った上での選択だった。
試合開始から、2時間15分。ワイドへのサービスウイナーで熱戦に終止符を打った坂本は、その場にゆっくり大の字に倒れると、両手を天に広げ、「よく頑張ったぞーーーーー!!!!」と叫んだ。
「本当にカイチ君のプレーは、どうしようもない時間帯が結構あった。戦略的な穴も見つからなかったので、カイチ君の球のペースに少しずつ慣れ、1本ずつ凌げるポイントが増えたことが、1つの差だったと思います」
過去の逆転勝利のように、相手のプレーを分析し戦略的立案ができたわけではない。それでも相手のプレーに慣れ、まさに「よく頑張って」手にしたタイトル。
それは195センチの19歳が、大器を満たす新たなピースを、また1つ手に入れた瞬間だった。
取材・文●内田暁
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