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やめたいのに続けてしまう脳回路は「嫌な気持ち」を原動力にしていた

やめたいのに続けてしまう脳回路は「嫌な気持ち」を原動力にしていた

理不尽な反復行動は、生き残り戦略の“副作用”か

理不尽な反復行動は、生き残り戦略の“副作用”か
理不尽な反復行動は、生き残り戦略の“副作用”か / Credit:Canva

本研究により、マウスの脳内に、比喩的に言えば「行動を乗っ取るスイッチ」ともたとえられる回路が存在することが示唆されました。

この回路が光刺激によってオンになると、まるで自動操縦に入ったように行動が反復モードへシフトし、目的のない行動が延々と続いてしまいます。

本来であれば「嫌な感じ」がストッパーとなって行動を抑制するはずが、その嫌悪回路とほかの回路とのバランスが崩れるとかえって行動をやめられなくなる──比喩的に言えば、まるで自動車のブレーキが故障してアクセルになってしまったかのようです。

研究を主導したコンスタンティノス・メレティス教授は「この回路が行動を反復モードにシフトすることが分かった」と述べており、この発見が強迫行為や依存症など人間の神経精神疾患の理解につながる可能性に言及しています。

コラム:なぜそもそも報酬に関係ない反復行動を起こす脳回路が存在するのか?

しかしそもそもなぜ脳内に、報酬に関係ない反復行動を起こすような脳回路が存在するのでしょうか?お腹がすいていても、目の前に仲間がいても、エサや交流を後回しにして床を掘り続けさせる回路に、実用性があるとは思えません。

ですがここで少し視点を変えてみます。マウスにとって「掘る」「床を嗅ぐ」「穴を鼻でつつく」といった行動は、本来は意味のある行動です。巣穴を整えたり、土の中の情報を集めたり、捕食者や他個体のにおいをチェックしたりと、環境を“スキャン”する役割があります。野生の環境では、危ない場所に出てしまったときや、周囲の状況がよく分からないときに、いったんエサ探しや遊びをやめて「足元の安全確認モード」に入ることは、むしろ合理的です。今回問題になっている回路は、本来そのような「いったん他の行動を止めて、安全確認や環境チェックに集中する」ためのスイッチとして進化してきた可能性があります。

ところが、光遺伝学のような強い人工刺激でこのスイッチを押し続けると、本来は一時的な“保留モード”が、延々と続く「掘り続けモード」に変質してしまいます。非常ブレーキは、一瞬だけ踏むから役に立ちますが、ペダルをガムテープで固定したら車は前にも後ろにも動けなくなります。

それと同じように、もともとは「危ないときに役立つ」仕組みが、過剰に働いたときにだけ“理不尽な反復行動”という顔を見せているのかもしれません。もう一つ、大きな枠組みとして「習慣(ルーティン)」の問題もあります。私たちの脳は、なんでもかんでも一から考えていたらエネルギーが足りません。そのため、よく使う行動は徐々に“自動運転モード”に移し替えます。毎回ルールを検討するのではなく、「この状況ではとりあえずこのパターン」という形で、思考コストを節約しているのです。

今回の回路は、もともとそうした「行動パターンの選び直し」や「習慣モードへの切り替え」に関わっていて、上手く働いているときには、環境に合わせて効率よく行動を切り替える役に立っていると考えられます。ただし、スイッチの感度が高すぎたり、慢性的なストレス状態で誤作動したりすると、「本来は役に立つ行動パターン」が過剰に固定されてしまい、報酬に関係なく反復される“クセ”や“こだわり”として表に出てくることがあるのでしょう。

進化は、「人間から見て気持ちのいい行動だけ」を選んでくれるわけではありません。多少の副作用があっても、全体として生き残りにプラスなら、その仕組みは残ります。「報酬に関係ない反復行動」を引き起こすように見える回路も、もともとは危険回避や学習、エネルギー節約のために組み込まれていて、強い人工刺激や特殊な環境のもとで、その“影の側面”だけがあぶり出されていると考えると、少し納得しやすくなるのではないでしょうか。理不尽に見える行動を生む回路も、視点を引いてみれば、「生き延びるためのざっくりした戦略」がむき出しになった姿の一つなのかもしれません。

今回の発見は、マウスにおける「不適応な強迫的行動」の神経基盤を探る上で、一種の実験モデルケースになり得るでしょう。言い換えれば、報酬系・嫌悪系・本能系が三つ巴で暴走するこの回路は、強迫的行動を引き起こす脳内スイッチの一つなのかもしれません。

マウスにおける「やめたいのにやめられない」状態に対応する反復行動に脳内メカニズムの側面から光を当てた本研究の成果は、強迫症や依存症を神経回路レベルで理解していくための大きな一歩と考えられます。

原因不明だった“悪循環”の謎が、少しずつ解き明かされつつあります。

「やめられない」は意思の問題だけでなく、脳回路の働きも深く関わっている可能性があるのかもしれません。

参考文献

Brain circuit controlling compulsive behavior mapped
https://www.eurekalert.org/news-releases/1106715

元論文

A striosomal accumbens pathway drives stereotyped behavior through an aversive Esr1+ hypothalamic-habenula circuit
https://doi.org/10.1126/sciadv.adx9450

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

配信元: ナゾロジー

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