
人間の業の深さを問うテーマ性が再び注目を集める、映画『もののけ姫』 (C)1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND
【画像】「えっ、過酷すぎ」これが、死よりもきつい罰を受けた『もののけ姫』の美女です(5枚)
28年経った今も、新たな発見が続々
1997年公開のスタジオジブリ作品『もののけ姫』4Kデジタルリマスター版が、2025年10月24日からの公開初週で興収ランキング4位にランクインし、大きな注目を集めています。97年の公開当時に映画館で鑑賞した人、「金曜ロードショー」で繰り返し視聴した人も多いことでしょう。
先日マグミクスが公開した記事「『もののけ姫』エボシが背負った「死より重い」運命 公式が明かした”残酷な真実”とは」では、『もののけ姫』に込められた深い設定……例えばサンの入れ墨が「人間であることの枷(かせ)を振り切るための工夫」であったこと、当初は死亡する予定だったエボシ御前を宮崎監督が生かした理由が「生き残る方が大変」という考えからだったことなどを紹介。多くの読者からコメントが寄せられました。
多くの読者は、年月を経て作品を再鑑賞することで新たな気づきを得たと語っています。「初上映から30年近くぶりに観て来た」「自宅で子供達が観ていたのをチラチラ観てはいたが、何となく暗くて重い内容に、また観る気がしなかった」と振り返りつつ、「年齢も重ねて色々な気づきもあった」といった声が目立ちました。
ある読者は「見るたびに新しい発見、新しい感情が芽生える」と作品の奥深さを評価し、別の読者も「誰でも観られるけれど、観ている世界は観る人によって全く異なる作品は芸術」と絶賛しています。
特に読者の議論を呼んだのは、エボシ御前が生き残ったことの意味です。彼女を生かした宮崎監督の真意に多くの読者が共感し、「死ぬより辛いことってある」「死ぬことは許さん、死ぬまで苦しめたかった」という解釈が示されました。
ある読者は「ここを良い村にしようと言った時のエボシの表情が、希望と悔恨が入り混じった表情で、いつも見るたびに切なくなる」と感想を述べています。エボシの姿に「タタラ場はきっと良い村になると思います」「タタラ場の人もエボシ様を支えてくれるはず」と希望を見いだす声がある一方で、「エボシは償いなんてしないだろう」という厳しい見方もあります。

物語の結末で、アシタカはタタラ場に残ることを決める。映画『もののけ姫』より (C)1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND
アシタカの選択についてもさまざまな意見
アシタカがタタラ場に残ることを選んだ理由についても、読者たちの間で多様な解釈がありました。「森とタタラ場の橋渡し役がアシタカだと思ってが、アシタカは全くもって人間側」という指摘があり、信仰を失って小さくなりつつある神々や、追いやられるもののけ側の気持ちが分かる」というコメントも見られました。
また、「アシタカやサン、タタラ場の人達みんな幸せになって欲しい」という願いを述べる読者がいる一方で、「森側と人間側の板挟みで苦労するだろう」と、アシタカの選んだ道の困難さを指摘する声もありました。
28年という時を経て、『もののけ姫』は単なる環境保護のメッセージを超えた、人間の業の深さを問う作品として再評価されています。「全ての登場人物が善であり悪である。だから何度観ても誰かの気持ちを考えて引きずり込まれる」というコメントに表されているように、複雑な立場や価値観が交錯する物語は、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれるようです。
