デフの自転車レースはここが難しい
事故で三半規管を損傷した杉浦は、自転車競技における耳の大切さを実感したという。
杉浦:回復後、また自転車に乗ろうとしたところ、ふらついて乗れませんでした。耳の奥にあり、バランスを取る役割を担う三半規管を損傷した影響です。
ならば、デフの選手も同じような人がいるかもしれない。その人はどうやってバランスを取ってるのかなと思って、久美さんにSNSアプリのMessengerで質問したこともあります。久美さんからは、「三半規管が損傷していると大変だよね。(デフの選手の中では)やめてしまう選手もいるよ」と教えてもらいました。
私の場合はその後、ドクターから、三半規管に頼らずにバランスを取る方法として目と体幹を使うとよいとアドバイスをいただき、トレーニングを重ねることで、2017年にレースに復帰しました。そんないきさつがあったことから、東京パラリンピックのロードレースで金メダルを獲った際、ボランティアで参加していた久美さんがハグで祝福してくれたときは感無量でした。
11月22日に静岡で行われたデフリンピックのロードレースを観戦。他のレースも「YouTubeで観ている」という杉浦では、三半規管の機能が低下していなければ、デフの選手も聴者(きこえる人)と同じ感覚で自転車レースができるのかな、と思う人もいるかもしれません。でも、きこえない・きこえにくいと、自転車競技をする上で特有の難しさがあるんです。例えば、ロードレースでは、集団の後ろの方にいる選手がアタックをかけて一気に抜き去ろうとします。それ以外の選手は、アタックをかける際のギアを変える音やだれかの「行った!」という声を聞くことで「アタックがかかった」と察知して反応するのです。でも、デフの選手は音が聞こえないため、気がつくとだれかがダッシュしている状態になっていて、それを追わなければいけません。これはかなりきついと思います。
観客が湧く中、男子個人ロードレースで藤本六三志(写真右)が銅メダルを獲得しただれもが一緒にレースができる世界に
杉浦は、障がい者になったことで健常者と一緒にレースに出る難しさに直面した。
杉浦:私は現在、実業団レースに参戦していますが、障がいのある選手が健常者と一緒にレースをしたいと思っても、なかなか受け入れてもらえない現実がまだまだあります。それを最初に知ったのは、20年ほど前のことです。当時、調剤専門薬局に勤めていたのですが、ある日、障がいのある患者さんが「健常者と同じ大会に出られることになった!」って報告に来てくれたんです。それを言うためだけに薬局に来るなんて、よほどうれしかったんだなとすごく印象的でしたし、そんなに喜ぶ人がいるなら、もっと健常者と障がい者が一緒に出られる大会があればいいのになあと思ったことを覚えています。
とはいえ、実感がわかなかったことも事実です。ところが、自分も障がい者になったら、やはり「危険だからやめて」と出場を断られたことが何回かありまして。それで、本当に障がい者が出られないレースがあるんだ、と身に染みてわかったわけです。
レースにエントリーして現地まで行っているのに、スタートさせてもらえなかった選手を実際に見たこともあります。しかも、その選手は当時のパラ日本代表クラスの選手で、あのときはなんとも言えない気持ちになりました。
そうした経験から、だれでも参加できる自転車レースを開きたいと、2026年2月21日に「杉浦佳子杯・第1回インクルーシブ自転車レース成田下総」を開催することにしました。参加資格は、自転車に乗れること。聴覚障がいはもちろん、ほかの身体や知的障がいがあっても構いませんし、年齢も問いません。ママチャリでもOKです。どんな人にも対応できるよう、準備を進めているので気軽に参加していただきたいです。
ちなみに、早瀬さんご夫婦は、ずいぶん前から「デフ」と書いてあるジャージで健常者の大会に出ているんですよ。その場で大会側から連絡事項があったりすると、まわりの人たちが肩や背中をトントン叩いて伝えたりしています。そういう世界を作り上げた早瀬さんご夫婦は本当にすごいなと思います。
日本チームで写真に収まる早瀬(左から3人目)杉浦も早瀬も、だれもが一緒に自転車競技を、ひいてはスポーツを楽しめる未来をつくるために、全力でペダルを漕ぎ続ける。
text by TEAM A
photo by X-1
