
アニメ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」のスピンオフ作品、「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ ウルズハント」で主人公ウィスタリオ・アファム役を務めた俳優・生駒里奈。しかし、その胸中には喜びだけではなく、大きな不安もあった。現在、劇場では特別編集版「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ ウルズハント -小さな挑戦者の軌跡-」が上映されているが、不安の気持ちは晴れたのか。自分のコンプレックスに逃げずに向き合い、ウィスタリオ役を演じた今を聞いた。
※特別編集版「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ ウルズハント -小さな挑戦者の軌跡-」……スマートフォンアプリ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズG」で展開された「鉄血のオルフェンズ」のスピンオフ作品、「ウルズハント」全12話を再構成、新規カットを追加した特別編集版。
■「前に進むためにやると決めた」主演のオファー
――「ウルズハント」は「鉄血のオルフェンズ」のスピンオフ作品です。TVシリーズ本編はご覧になっていましたか?
「ウルズハント」でウィスタリオを担当すると決まって、全話視聴しました。もともと「鉄血のオルフェンズ」自体は知っていましたが、改めて観て、「この世界観の作品を私が演じ切ることができるのか…」と、不安にはなりましたね。
やっぱり一視聴者として観るのと、自分がそこに参加するのとでは全く印象が違います。ガンダムシリーズは歴史のある作品で、ファンの規模も桁違い。それこそ“ガンダムに乗る”というのは、たくさんの人が抱いている夢ですよね。それを私がやるんだという重圧が、ワクワクという感情とともにのしかかっていました。
――「ガンダム」は日本を代表するアニメですから、歴代の主演の方々も「ガンダムへのプレッシャー」を口にされることが多いです。
私の場合はもう、ただただ不安でいっぱい。でも、私も何かを変えたいともがいていた時期でもあったので、前に進むための勇気を絞り出して、やると決めました。

■マイクの前に立って分かった俳優と声優の芝居の大きな違い
――アプリ展開時、収録に臨むにあたってどんな準備をされましたか?
アフレコを経て実感したことですが、舞台でのストレートな芝居と、声優さんがアフレコブースでアニメーションに声を当てる芝居とでは、声の出し方が全然違うんですよね。当時はコロナ禍なりに発声練習などできることを精一杯やりましたが、本当はもっと準備をしたかったな、と悔しい気持ちは今も残っています。
――実写、舞台の芝居と、声優の声での芝居の違いは、具体的にどんなところに感じましたか?
感情の込め方は私個人の感覚的で言うと変わらないと思います。ただ、舞台であれば、“私”が目の前の相手やお客さんに伝えればいいのですが、アニメの場合、伝える役は“私”じゃないんですよね。ウィスタリオくんなんです。私が喋っているのではなくて、ウィスタリオくんが生きている状況を作り上げないといけない。
声優さんは音でキャラクターが生きている状態に持っていけるのがすごいんです。声優さんは音を司る職業なんだと実感させられました。

■自分とは違うからこそ羨ましい、ウィスタリオの魅力
――演じていく中で、ウィスタリオはどんなキャラクターだと捉えていきましたか? また、演じる上で苦労したことなどはありますか?
飄々としている、というのは私でなくても感じる部分だと思います。でも、飄々としているからこそ掴めないところもあって。彼の中にある芯の強さを表現するのは、教えていただいてもなかなか難しくて、そこはとても苦労したところです。
特別編集版での追加収録のときに、やっとウィスタリオくんの人物像を「なるほど」と理解できて、その瞬間にウィスタリオくんの音が出たんです。それはうれしかったし、こういうことだったんだと思えました。
――改めて今回の特別編集版をご覧になって、ウィスタリオをどう思いましたか?
彼のような人間は本当に稀だと思います。「金星を観光立国にしたい」という大きな夢を、ストレートに「絶対にかなえてやる」と言い切れる。彼の芯の強さ、真っ直ぐさというのをすごく感じました。数年前のアプリ収録当時は自分の中で大きな壁がたくさんできていたのが、やっと近くでウィスタリオくんを感じることができました。
――ご自身と似ていると思う部分はありましたか?
私とはあまり似ていないかもしれません(笑)。彼のような生き方はすごく難しいと思ってしまいます。それに、ウィスタリオくんはまだ子どもなので、難しい部分を知りつつも、ある意味無知というか。大人だったら絶対にかなうはずがないと思うような夢でも、彼は臆せず口に出せる。その部分はすごく羨ましいですね。
■逃げずに自分の“声”と向き合ったとき
――ウィスタリオで声優業を経験したことで、俳優としての仕事に変化はありましたか?
「ウルズハント」のアフレコ経験から、台本の読み込みは間違いなく変わりました。おっかなびっくり現場に行くのではなくて、ちゃんと自分で確信を持って、「この人はこういう意思を持っているから、こういう言動をするだろう」と考えられるようになりました。
以前は自分に自信がなかったので、自分なんかの考えは間違っていると決めつけてしまっていたんです。でも、しっかり自信を持つことによって、「間違っていない。むしろ私が責任を持ってこの人のことを考えないと、誰が責任を持つんだ」と前向きに考えられるようになったのはすごく大きな変化です。
――いいきっかけになったんですね。
今でもずっとネガティブの塊ではありますが(笑)。15歳でこの世界に入ったから、この世界で居場所を見出し続けようと思って頑張ってきて。今回のことで自分の声と向き合って、逃げずにやり切れてよかったです。
まだまだ至らない部分もありますが、「ウルズハント」は私にとってはかけがえのない仕事になりました。
■デビュー15周年へ、“いつか”ではなく“今”を生きる決意
――来年の8月21日にデビューから15周年を迎えます。今年は朗読劇の原作を担当するという、新しい挑戦もありました。今後、俳優としてどんな目標をお持ちですか?
今年30歳になりますが、次の10年…40歳までに何か一つ、演出作品を作れたら格好いいかな、ぐらいです。決まっているわけではなく、「やります」でもないので、できたら格好いいぐらいにしておいてください(笑)。
――制作側に興味がありますか?
制作もやりたいし、演出もやりたいです。演者、制作、演出、プロデュースする人。作品を作るにも色々な立場があって、それを一つ一つ経験してみたいです。自分の意思ではできなかったことも多い15年間を超えて、今は自分の意思で決められる。
自分がいいと思える俳優でいたいし、面白い俳優、起用される俳優になるためには、色々なことを勉強した方が絶対にいいに決まっています。演者側かは問わず、しっかり責任を持って、お客さんに届けられる人間になるというのは目標の一つですね。
――夢の舞台はありますか?
うーん。ぱっとは思いつきません。私は、人っていつ死んでもおかしくないという気持ちで生きていて。元気なうちに、人に迷惑をかけないうちに、楽しく人生を終えたいという気持ちがあります。だから、早いうちに色々な楽しいことを経験しておきたくて。
いつ何が起きるか分からないですから、「いつか、いつか」ではなくて、「今なんだ」という考え方。だから、本当に好きな演出家さんや俳優さん、スタッフさんと一緒に、世の中を一つでも笑顔にできるような作品を作り続けていきたいというのが夢ですね。
◆取材・文=鈴木康道


