遺伝子編集したのに「遺伝子組み換え食品」にはならない

今回の研究は、「どの遺伝子をいじれば栄養価と環境負荷を同時に改善できるか」を具体的に示した点に大きな意義があります。
新たなFCPD株は栄養面(必須アミノ酸の充実)と生産効率の両方で従来株を上回り、まさに栄養価と持続可能性を一挙に高めるポテンシャルを実証しました。
研究チームは「CRISPR/Cas型のゲノム編集は、代替タンパク源の栄養と環境性能を同時に向上させる強力なツールになり得る」と結論付けています。
これは代替肉産業の将来に向けた新たな道を示す「機能的証拠」と言えるでしょう。
社会的なインパクトも大きくなる可能性があります。
菌が作るタンパク質は、今後ますます増大する食肉需要を支えつつ、環境コストを大幅に削減する可能性があります。
例えば研究では、中国における鶏肉生産との比較で、FCPD株由来の真菌タンパク質は土地利用を約70%削減し、富栄養化による水質汚染リスクも78%低下するとの試算が紹介されています。
広大な牧草地や飼料作物に頼らずにタンパク質を生産できれば、土地や水資源の節約、温室効果ガスの削減、食料安全保障の強化など、多方面にメリットが及ぶでしょう。
また従来の遺伝子組換え技術と異なり、今回の手法では外来のDNAを一切導入していないため、食品としての安全性評価も制度上は従来の遺伝子組換え食品より整理しやすい場合があります。
実際、アメリカでは、外来DNAが残らないゲノム編集作物は“バイオエンジニアード食品”表示の対象外になるケースがあります。
日本でも同じタイプの遺伝子を削っただけの作物は法的には『遺伝子組換え食品』の表示義務はありません。
今回の成果は、持続可能なタンパク質生産への大きな一歩です。
研究チームはすでに新株FCPDの有効性をパイロット規模(5,000リットル発酵)で検証しており、工業化実用段階の指標であるTRL5(技術成熟度レベル5)に達しています。
この戦略は他の微生物由来タンパク質にも応用できる可能性があり、将来的にはキノコ以外の菌類や酵母への展開も視野に入るでしょう。
条件次第ではありますが、家畜ではなく菌がタンパク質を生産する未来が着実に近づきつつあると言えそうです。
参考文献
Genetically engineered fungi are protein packed, sustainable, and taste similar to meat
https://www.eurekalert.org/news-releases/1105614
元論文
Dual enhancement of mycoprotein nutrition and sustainability via CRISPR-mediated metabolic engineering of Fusarium venenatum
https://doi.org/10.1016/j.tibtech.2025.09.016
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

