「地味な出来事」を面白く描くことのむずかしさ
歴史もの創作で何が難しいかって、「何でもない、地味な出来事を面白く描く」ということが一番難しいんじゃないかなー、と思うんですよ。
例えば天下分け目の大合戦とか、激動の時代の裏で動く虚々実々の策謀とか。歴史上重要なイベントであれば、関わる登場人物も当然たくさんいますし、伝わっている逸話も様々です。
大物のキャラクターがたくさんいて、それぞれのキャラに大小無数のエピソードとさまざまな脇役がくっついているわけですから、創作という料理のための材料が豊富なわけです。もちろん、それをどう面白く描写するか、というのは創作者の腕の見せ所ですが。
一方、「地味な出来事を面白く描き出す」ということは困難を極めます。
地味ということは、「エピソードの面白さ」だけでは勝負することができないということでもあるし、読者の事前知識に期待できないということでもあります。「どんなエピソードが実際には存在したのか?」ということを細かく調査・検証し、足りないところは想像で補って、矛盾がないように構成して、しかも詳しくない読者でも楽しめるように、全体を分かりやすく、かつ面白く味付けしなくてはいけない。
言うのは簡単ですが、すっごく大変なことですよね?
この「地味なエピソードを面白く」を、なんでもないことのようにさらっとやってのけているのが、岩明先生の『雪の峠』だ、というわけなのです。
『雪の峠』の中核となるエピソードは、ひとことで言うと「佐竹家の築城」です。
皆さんご存知の通り、関ヶ原の戦いでは、全国の大名が東軍(徳川方)につくか西軍(石田方)につくかの決断を迫られたわけですが、常陸(ひたち。現代の茨城県)を統治していた佐竹家は西軍寄りの立場をとりました。『雪の峠』の作中では、当主である佐竹義宣(さたけよしのぶ)が家臣たちの反対を押し切って西軍についた、という描写になっています。結果、徳川の戦勝後、佐竹家は出羽国(でわのくに。現代の秋田県あたり)に減封、要は領地を減らされた上での追放となり、家中には不満が残ります。
そんな中、出羽国における佐竹家の新居城の場所を定めたいという評議が義宣から持ち上がり、それをきっかけに佐竹家の旧臣たちと、新勢力となる義宣の部下の間で対立が持ち上がることになります。
「城をどこに建てるか?」
歴史ものの創作、それもテーマを絞った短編の作品として考えると、そこそこ地味な部類のテーマですよね?
ところが、岩明先生の手にかかると、これがめっちゃ面白いんですよ。
『雪の峠』の面白さポイント
『雪の峠』のお話の中心は、主人公たる渋江内膳(しぶえないぜん。渋江政光/しぶえまさみつ)と、旧臣側に立つ梶原美濃守(かじわらみののかみ。梶原政景/かじわらまさかげ)の知恵くらべです。
佐竹義宣の腹心である渋江内膳は、一見おっとりしているように見えて頭が切れ、政務に優れた有能な人物として描写されています。岩明先生の他作品でいうと、『七夕の国』の主人公である南丸洋二とちょっと雰囲気が似てます。
内膳は、新しい城の建築場所として、港町である土崎にほど近い、窪田という地を提案します。その構想は、土崎との相互発展をも取り入れた、経済面でも統治面でも先進的なものでした。
一方、内膳をはじめ、梅津兄弟など新進気鋭の若者を重用する義宣の方針が、旧臣たちには面白くありません。関ヶ原後の転封についての不満もあり、旧臣たちは客分の武将である梶原美濃守を巻き込み、内膳たちの計画に対する対案を出し、内膳案を潰そうとします。
美濃守の案は、仙北の金沢城を中心に、大規模な城郭を築き戦に備えるという、軍略を中心としたものでした。
窪田と金沢、どちらを選ぶか。
ここでは、ただ「城の位置」だけではなく様々な対立軸が描写されていまして、
・内膳と梶原美濃守の対立
・家中での統制力を強めたい義宣と、それに対抗する旧勢力の対立・喧嘩をしたい旧臣たちと、なるべく家中を割らずに話を収めたい内膳たちの対立
・泰平の世と戦乱の世、どちらの時代に適応するかという対立
・「経済的な発展」という新しい考え方と、「戦乱に備えた軍略」という旧来の考え方の対立
これら諸々の対立が、内膳と梶原美濃守を中心に繰り広げられるわけです。
まず、「会議の流れ」と「それを利用した議論のコントロール、駆け引き」の描写が「うますぎる」のひとこと。
当初、金沢案を推していた美濃守に対して、内膳は「金沢案では費用がかかりすぎる」ということを論証しようとします。ところが、内膳たちへの助け船として先代当主・佐竹義重(さたけよししげ)が口にした「横手」という地名をとらえて、美濃守は逆に金沢案を引っ込めて、「義重の案に乗る」という形で横手案を推し始めてしまうのです。
この一連の流れ、まず美濃守の動き方がごくシンプルにうまい。美濃守たちの目的は飽くまで「義宣と近習(きんじゅ。主君の側に仕える人)たちの力を削ぐ」ことなので、別に金沢にこだわる必要はない。更に、単に「義宣案に反対する」という構図ではなく、「先代当主である義重案を称える」という構図になるように議論をコントロールしている。
対立する相手の思惑を外し、文句のつけどころのないロジックで自分たちの目的を達成する、まさに戦上手。作中、美濃守は「上杉謙信とも面識のある、老練な戦上手」として描写されるのですが、その描写の面目躍如とも言える切れ者ぶりです。
この後、家老の和田安房守(わだあわのかみ)が、内膳たちを諭す形で口にする言葉が、「内膳はただの『説明』をしていたが、老臣たちは『いくさ』をしていた」という言葉。
この時、上の箇条書きでも書きましたが、ただ「城の位置の対立」だけではなく、「戦国の世と泰平の世の対立」「時代の流転」というものが議論に絡めて描写されているのがこれまた上手いんですよね。
「戦国の世はもう終わった」という考えに基づく、未来を見据えた考え方が、戦場一筋だった旧臣たちには理解できません。この時、「戦国の世」のシンボルとして、美濃守が面識を得ていた上杉謙信が何度か持ち出されるのですが、一方、美濃守自身は「戦国の世は終わった」ということに、うすうす気づいており、しかし戦上手としての意地をかけて内膳案を崩しにかかる。
これに対して、当初は「いくさ」を避けていた内膳が放つ逆転の一手。文句のつけようがないロジックに、更に文句のつけようがない展開を被せるその策略は、さすがに核心的なネタバレになるのでここで具体的に書くのは避けますが、「実際にこうする以外ないだろう」と思える点でこれまた驚くべき納得感だった、という点については触れさせていただければと思います。リアルで納得感があるのに「逆転」によるカタルシスもある、この描写力こそ本作の真骨頂だと思います。
ちなみに、すべてが終わった後の内膳の建築案を美濃守が褒めるシーン、ここも爽快感満載で好き。
これら全ての駆け引きが、最終的に「窪田の未来」に流れ込み、窪田=久保田と土崎が現代の秋田市になるという史実をなぞった描写、本当の本当に美し過ぎる。「実際の会議でもこういうロジック使えるのでは?」と思わせるほどのリアリティと、さわやかなカタルシス、読後感を両立させる岩明先生の手腕、もう「さすが」と言う他ありません。

